見ていると、全く不思議な気がしました。川の縁まで行くと、彼は服を脱ぐ暇も待たないで、頭から飛込みました。
『プーッ、プーッ、プーッ!』と、マイダス王は水から頭を出して鼻を鳴らしました。『なるほど、これは気持のいい行水だ。これですっかり、何でも金にする力を洗い落としてしまったに違いないと思う。さて、これから瓶一杯に水を入れるとしよう!』
 彼は川の水に瓶を浸《つ》けた時、彼がそれを手にする前の通りに、金から立派な、ほんものの土焼の器《うつわ》になったのを見て、心からうれしく思いました。彼はまた、自分のからだにも変化を覚えました。冷たく、固く、のしかかって来るような重みが、彼の胸から消え去って行くような気がしたのです。きっと彼の心臓も、だんだんと人間らしい性質を失って、死んだ金に変りかかっていたのですが、今度はまたもと通りのやわらかい肉に返ったのでしょう。川の岸に生えている菫の花を見つけて、指でちょっとさわって見ましたが、もう黄色に変ってしまうようなこともなく、その可憐な花が紫のままだということが分ったので、マイダスは飛び立つばかりに喜びました。つまり、さわれば何でも金になるという厄介な力が、本当に彼から無くなったのでした。
 マイダス王は王宮へ急いで戻りました。召使達は、陛下が土焼の瓶に一杯水を入れて、大切そうに持っておいでになるのを見た時、さっぱりわけが分らなかったことだろうと思います。しかし、彼のおろかさから来たわざわいのすべてをもと通りにしてくれる筈の、その水は、マイダスにとっては熔《と》かした金の海よりも貴かったのです。彼が先ず最初にしたことは、云うまでもなく、その水を手に一杯すくっては、小さなメアリゴウルドの黄金像にふりかけることでした。
 彼女に水がかかると、みるみる姫の頬に薔薇色が返って来るやら――くさめをしたり、ぺっぺっと水を吐いたりし始めるやら――自分がびしょ濡れになっているのに、まだお父さんが水をぶっかけているので、びっくりするやらで――君達がその有様を見ていたら、噴《ふ》き出してしまったことでしょう!
『ほんとに止《よ》して頂戴、お父さま!』と彼女は叫びました。『あたしが今朝着たばかりのいい洋服を、こんなにびしょびしょにしてしまったじゃないの!』
 というのは、彼女は小さな黄金像になっていたなんてことは知らなかったし、また、気の毒な父を慰めようとして、腕をひろげて、駆けて行った瞬間から、あとはもうどんなことが起ったのか、なんにも覚えがなかったからでした。
 彼女のお父さんは、可愛い娘に、自分がどんなに大馬鹿だったかをわざわざ話す必要もないと思ったので、今ではどんなに賢くなったかを見せるだけにしておきました。そうして賢くなったところを見せるために、彼はメアリゴウルドを庭へつれて行って、残りの水をすっかり薔薇の藪の上にふりかけました。するとその利目《ききめ》がとてもよくあらわれて、五千以上の薔薇の花が、もと通り美事に咲き匂いました。しかし、死ぬまでマイダス王に、何でも金にする力を思い出させたものが二つありました。その一つは、庭の下を流れる川の砂で、いつまでも金のように輝いていました。他の一つは、今では金色になっているメアリゴウルドの髪の毛で、彼の接吻の力で彼女が金になるまでは、そんなことはなかったのでした。この色合《いろあい》の変化は、本当に前よりもよくなったというもので、メアリゴウルドの髪を赤ちゃんの時よりも立派に見せました。
 マイダス王は、すっかりいいおじいさんになって、いつもメアリゴウルドの子供達を膝にのせて、ぴょんぴょんさせたりしながら、この不思議な話を、僕が今君達にしたのと大体同じように、話して聞かせるのが好きでした。そのあとで、いつも彼は孫達のつやつやした巻毛を撫でながら、だからお前達の髪もお母さんの筋を引いて、やっぱり豊かな金色をしているんだよと教えるのでした。
『そして、本当のことを言えばね、わしの可愛い孫達、』と、しきりにその間も子供を膝の上でぴょんぴょんさせながら、マイダス王は言うのでした、『その朝からというものは、わしはこのほかの金色のものはすべて、見るのもいやになってしまったんだよ!』
[#改ページ]

     シャドウ・ブルック
       ――話のあとで――

『どう? 君達、』と、聴手《ききて》からはっきりした意見を引出すことの好きなユースタスは尋ねた、『生れてから、この「何でも金になる話」よりもいい話を聞いたことがある?』
『だって、マイダス王の話なんて、』と、生意気なプリムロウズが言った、『ユースタス・ブライトさんが生れる前から、何千年も有名だったんだし、また、にいさんが死んだあと何千年でもやっぱり評判は落ちないでしょう。しかし、世の中には「何でも鉛にする力」といったよう
前へ 次へ
全77ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三宅 幾三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング