!』
 その見知らぬ人の微笑が、あまりあからさまになったので、それは、こんもりとした谿間へお日様がぱっと射《さ》し込んだように、部屋中を照らすかに見えました。そして金塊や金粉は、明るい光の中に散り敷いた、黄色い秋の木《こ》の葉のように見えたのでした。
『さわれば何でも金になる力ですって!』とその人は叫びました。『そんなすばらしいことを考えつくなんて、マイダスさん、あなたもたしかに相当なもんですね。しかし、それで間違いなくあなたは満足するでしょうか?』
『それで満足しないなんてことがあってたまるもんですか!』
『そんな力が出来て、あとで困ったなんてことは、絶対にないでしょうか?』
『一体、どうして困るなんてことになるでしょう?』とマイダスは問い返しました。『わしは、このことさえ聞き入れてもられえば、完全に幸福になれるんです。』
『では、あなたの望み通りになるように、』と、その見知らぬ人は答えて、別れのしるしに手を振りました。『明日、日の出る時になれば、あなたは何でも金にする力を授っているでしょう。』
 と言ったと思うと、その見知らぬ人の姿がとても光り出したので、マイダスは思わず目を閉じました。今度目をあけて見ると、部屋の中にはただ、一筋の日の光と、それから、彼の周《まわ》り中に、彼が一生かかってため込んだ金がきらきらと輝いているのとが見えるばかりでした。
 マイダスがその晩、平常通り眠ったかどうかは、この話に出ていません。しかし、眠ったにしても、覚めていたにしても、彼の心はおそらく、明日になったら新しい、いい玩具を上げようと約束された子供みたいに、わくわくしていたことだろうと思われます。とにかく、お日様が山から顔を出すか出さないうちに、マイダス王はすっかり目を覚まして、寝床の中から腕を伸ばして、手の届くところにある物をさわり始めました。彼は果してあの見知らぬ人の約束通り、何でも金にしてしまう力が出来たかどうか、ためして見たくてならなかったのです。だから彼は寝台の傍の椅子や、そのほかいろいろなものに指を触れて見ましたが、それがまるでもとのままで、少しも変ったものにならないので、ひどくがっかりしました。実際彼は、どうかするとあの光り輝く見知らぬ人の夢を見ていただけなのか、それともあの人が彼をからかったのではないかしらと、たいへん心配になって来ました。あんなに楽しみにしてい
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