ました。この王様には、一人の小さな王女がありましたが、その王女のことは僕のほかに知っている者はなく、その僕でさえ、王女の名はつい聞きもらしたか、或は聞いたにしても、すっかり忘れてしまいました。だから、小さな女の子には妙な名前をつけることの好きな僕は、その王女を仮にメアリゴウルドと呼んでおくことにしましょう。
 このマイダスという王様は、世の中の他の何よりも金《きん》が好きでした。彼が自分の王冠を大切に思うのも、主《おも》にそれが金で出来ているからでした。もしも彼が何か金以上に、或はほとんど金と同じ位に、愛していたものがあるとすれば、それは彼の足置台のまわりで楽しく遊ぶただ一人の姫でした。しかし彼は姫を可愛く思えば思うほど、一層お金《かね》が欲しくなるのでした。彼はおろかにも、彼がこの可愛い姫のためにしてやれる一番いいことは、この世が始まって以来、まだ積まれたこともないような、山吹色の、光り輝く金貨の大きな山を、彼女に遺《のこ》してやることだと考えました。そんなわけで、彼は彼の頭と時間との全部を、この一つの目的のために費しました。彼はふと日没の金色の雲に目をとめて、しばらくそれに見入ることでもあれば、それが本当の金であって、彼の金庫の中へ大切にしまっておくことが出来たらどんなにいいだろうと考えるのでした。また、メアリゴウルドが、きんぽうげやたんぽぽの花束を持って、彼の方へ駆け寄って来る時には、彼はいつも、『へん、つまらない、姫や! もしもその花束が見かけ通り本当の金だったら、摘む値打があるんだがね!』と言うのでした。
 そのくせ、もっと若い時分、まだ彼がそんなにお金《かね》ほしさの気違いになり切らないうちは、マイダス王も大変草花に趣味を持っていたのでした。彼は花園を造って、そこには誰も今までに見たことも嗅いだこともないような、大きな、美しい、匂いのいい薔薇が植えてありました。その薔薇は、マイダスがいつもそれを眺めたり、匂いを嗅いだりしながら何時間も過ごした時と同様に、大きく、美しく、匂いもそのままに、今もその花園に咲いていました。しかし今では、彼が仮にそれをちょっとでも見るとすれば、もしもその数え切れない程の花びらの一つ一つが薄い金の板で出来ているとして、この花園がどれ位の値打になるだろうと勘定して見るために過ぎませんでした。それからまた、(彼の耳は驢馬のようだったな
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