うしても姫が金になってしまったとは信じられませんでした。しかし、またちらっと盗見《ぬすみみ》すると、やはり黄色い頬に黄色い涙をつけた、大事なわが子の像があるのです。そのいじらしい、やさしい顔附といったら、まるでその表情の力で、きっと金をやわらげて、再びもとの生身《いきみ》に返るに違いないと思われるほどでした。しかし、そうは行きませんでした。だから、マイダスはただ手を揉み絞って、もしも彼の財産を全部投げ出して可愛い姫の顔に少しでももとの薔薇色が返って来るものなら、どんな貧乏人になってもいいと思うばかりでした。
こうして絶望にあがき苦しんでいた時、彼は見知らぬ人が戸口の傍に立っているのにふと気がつきました。マイダスは頭を垂れて、いう言葉もありませんでした。というのは、それが昨日彼の宝の庫に現れて、何でも金にするという飛んでもない力を彼に授けて行ったのと同じ人の姿だということが分ったからです。その人は相変らず顔に微笑を含んでいましたが、その微笑は部屋中に黄色い光を放って、小さなメアリゴウルドの像や、そのほかマイダスの手に触れて金になったいろんなものを照らしているような気がしました。
『どうです、マイダスさん、』とその人は言いました、『何でも金にする力は、うまく行きましたかね?』
マイダスは頭を振りました。
『わしはとても不幸です、』と彼は言いました。
『とても不幸ですって、まさか!』と見知らぬ人は叫びました。『それはまたどうしてでしょう? わたしはあなたに対して忠実に約束を守ったじゃありませんか。あなたは心の願いのすべてを得たんじゃないですか?』
『金《きん》さえあればいいというわけにはゆきません、』とマイダスは答えました。『その上、わしは本当に大切に思っていたものの全部を失ってしまいました。』
『ああ! それじゃあなたは、昨日より一つ利口になりましたね?』と見知らぬ人は言いました。『それじゃちょっと訊《き》きますがね。何でも金にする力と、一杯のきれいな、つめたい水と――この二つのうちじゃ、どっちが本当に値打があると思いますか?』
『おう、それはもう有難い水の方です!』とマイダスは叫びました。『ところが、わしはいくら喉《のど》が乾いても、二度と水を飲むことが出来ないのです。』
『何でも金にする力ですか、』見知らぬ人はつづけて言いました、『それとも一片のパン屑ですか?』
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