陰の縁台の女主人公であった。色の蒼白い背丈の割合に顔の小さい女で私は今、そのすらりとした後姿を見せて蓮葉に日和下駄《ひよりげた》を鳴らして行くお鶴と、物を言わない時でも底深く漂う水のような涼しい眼を持ったお鶴とをことさら瞭然《はっきり》と想い出すことが出来る。
 きらきらと暑い初夏の日がだらだら[#「だらだら」に傍点]坂の上から真直《まっす》ぐに流れた往来は下駄の歯がよく冴《さ》えて響く。日に幾たびとなく撤水車《みずまきぐるま》が町角から現われては、商家の軒下までも濡《ぬ》らして行くが、見る間にまた乾ききって白埃《しらほこり》になってしまう。酒屋の軒には燕《つばめ》の子が嘴《くちばし》を揃えて巣に啼いた。氷屋が砂漠《さばく》の緑地のようにわずかに涼しく眺められる。一日一日と道行く人の着物が白くなって行くと柳屋の縁台はいよいよ賑《にぎ》やかになった。派手な浴衣《ゆかた》のお鶴も、街《ちまた》に影の落ちるころきっと横町から姿を見せるのであった。「今日《こんち》は」と遠くから声をかけて若い衆の中でも構わずに割り込んで腰を下した。
「坊ちゃん。ここにいらっしゃい」
 とお鶴はいつも私をその膝《
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