れにはお互に毎月必ず寄稿する事にしようではないかと、熱心に話を持掛けて來た。自分も承知した。さうしてそれ以來、隨分苦しい努力をして「三田文學」に寄稿しつづけて來た。しかしながら肝心の久保田君は、殆ど纏まつた物を書いた事が無い。休み勝だ。たまに出たかと思ふと、四五頁位で以下次號である。まとまつた印象をうける事がなくなつてしまつたので、
「久保田君も駄目だねえ。」
 といふ嘆息を友だちの口からも聞く事になつた。
 久保田君自身も、常におちつかない心の状態が、創作の邪魔になつて、あせつてもあせつても、何も出來ない事を嘆いて居たが、さういふ時は、日常友だちを相手に無責任な雜談をする時の癖で、誇大な言葉を用ゐ、「生活の改造」をしなければ駄目だといふやうな事を云つて、心にもなく力んで見せる。けれども、その「生活の改造」とは、要之《えうするに》女房を持つといふ事に過ぎないのである。自分では如何《どう》にもならない、女房に如何にかして貰ふ外には爲方が無いといふやうな、久保田君獨特の他力本願なのである。何事にも人を頼まず、自分一人の持つてる丈の力と努力以外には信じ兼る性質の自分は、此の「生活改造論」を聽
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