で江戸つ子だと思ふ程單純な世間の人に、江戸つ子は江戸つ子に違ひないが、江戸つ子の中の淺草つ子だといふ事を教へ度い。
淺草の詩人は、淺草を知る事が深ければ深い程、淺草以外の世界を知らない事驚くばかりである。「戀の日」の中の一篇「潮の音」の如き、本來淺草には縁遠い學生々活を描いたもので、これが久保田君程の作家の手になつたものとは受取れない程幼稚だ。新派の役者の演《や》る華族、役人、軍人のやうに氣が利かない。しかも悲慘な事には、新派の役者が、華族、役人、軍人などに充分扮し得たつもりでゐるやうに、久保田君自身は、ちつとも此の半馬《はんま》な事を知らないのである。曾て久保田君が淺草田原町に居た頃、
「何しろ町内で大學に通つてるのは私一人きりなんです。」
と云つた事があつた。家庭とその周圍の空氣が、學校といふものには全く縁遠い爲め、學校といふものを買ひかぶつてゐるのである。既に大學を卒業し、浪花節|語《かたり》と藝術家とをひつくるめて政策の具に供しようとする大臣と膝組で、演劇の改良をはかる久保田君の如きは、當然大學者だと思はれてゐるに違ひない。かういふ周圍の影響から、久保田君自身さへ、學校を正
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