かされると、本氣になつて反對したものだ。一人は結婚生活の幸福を夢み、女房が欲しいと云ひ、一人は結婚生活を馬鹿にして、女房なんか欲しくないと、顏を合せる度に話合つたが、その久保田君も愈々良縁を得て、優しい人を迎へられた。「戀の日」は遂に久保田君が獨身生活に別るる時の紀念となつた。
久保田君といへば、無責任な書肆や雜誌社の出たらめから、情話作家だと考へられ、單純無比な書生批評家の放言の爲めには、遊蕩文學の作者だと思はれてしまつた。現に「戀の日」の卷尾に添へてある舊著「東京夜話」の廣告には、「滅びゆく江戸の名殘を描き、華かなる東京の情調を描ける本書は、幹彦氏の西京藝術と相對して正に文壇の雙璧也」と書いてある。勿論本屋の廣告の事だから、自分の如きものさへ「正にこれ文壇の驚異なり」位の事は書立てられるのであるが、久保田君の作品の何處に「華かなる東京の情調」があるか。無理にも情話作家にして、長田幹彦氏あたりの安直な作品と共に賣れゆきをよくしようとするものに外ならない。さうして批評的能力を缺いて居る大多數の讀書子も亦、わけもなく雷同してしまつた。強ひて拾ひ出せば、「お米と十吉」「わかるる時」その他同傾向の作品が不幸にも存在して居るが、それとても嚴密な意味で情話とはいひにくい。矢張り久保田君一流の、果敢ない心持を主として描いた作品で、少くとも長田幹彦氏や近松秋江氏の、所謂艶麗な作品などと同列に置かる可きものではない。さうして此種の作品は、まとまりのいい、簡素な短篇を得意とする久保田君には似もやらず、冗長散漫で、常に失敗に終つてゐる。到底此の作者の如き執着に淡い人は、戀愛小説の作者にはなり切れないのである。
結婚の豫告と共に贈られた「戀の日」を手にした時、その「戀の日」といふ表題が、いかにも内容にそぐはないものに思はれた。「末枯《うらがれ》」「さざめ雪」「三の切《きり》」「冬至」「影繪」「夏萩」「潮の音」「老犬」の八篇、何れも無戀愛小説である。何處にも戀の場面は無い。だがしかし、つらつら考へると、或は久保田君にとつては、文字以外の深い意味があるのかもしれない。無理にも氣を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してみれば、これは作者自身の戀の日に出來た創作なので、作品そのものが戀の日なのではないのかもしれない。果してさうとすれば、「戀の日」一卷は愈々久保田君の結婚を紀念するもの
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