頁と、その城の姫の寵愛を一身に集めた身が、父の死の爲に雨露をしのぐ處さへ無くなつて、西の都を去る邊の、豐富な※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話を持つ半生の物語は、全く外國の物語に空想をそゝられて、未知の郷土を憧憬する幼時の心持に自分を誘惑した。殊に前半の簡明でしかも行屆いた文章は、大ざつぱな心持で虚喝恫※[#「喝」の「口」に代えて「りっしんべん」、第4水準2−12−59]を事とする當時流行の作家などの到底及ばない正當な文章である。その上に、兎角綺麗事になりたがる嫌ひのある此作者としては、きび/\と力に充ちてゐる事も感歎に値《あたひ》する。けれどもそれは物語に特有の面白さである。描かれた事そのものが、直ちに實在性を帶びて吾々に迫るのではなくて、その物語が引起す吾々の心持に、より多く頼るべき性質の興味である。從て主人公が、流轉の身を東京に落着けた時から始まる昨日に變る生活を描いた處になつて、作者が物語の筆を捨て、寫實的描寫を專一に爲始めると、全く異國趣味は消えてしまつて、殆ど別の小説を讀むやうな氣になつて來た。同時に作者は、夢子その人の心持にも、囘顧
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