。自分のこれほどの熱心がまだ松村を動かすに足らないのであらうか。自分からいくら隔を除《と》つて向つて行つても、彼はやはり利害の友としか見てくれないのであらうか。さつき話をして居る間でも、自分と彼との地位が著しく懸けはなれて居て、自分は始から終まで圧迫され器械視されて居た様な気持がする。自分と彼とはそれほどに違はなければならない地位であらうか。彼から養家の財産をとり除いてしまへば、彼はむしろ自分の下位に立つべき人物ではあるまいか。彼に金の勢が添はつて居る計りに、自分からしてが、いくらか彼を上に見ると云ふ卑屈な心にもなり、彼からは大に低く見下ろすと云ふ高慢な心にもなるんだ。一度下手に出てしまへばどこまでも押し潰されてしまふ。潰されたままにたいした憤慨もせずに平伏してゐざりよる。これが男の面目の堪へ得る処であらうか。彼から見れば自分は何でもない。此儲話が成否何れにかきまりがつけば自分は又関係の無いものとなり、彼からは全く用のない人間として取扱はれるのであらう。さればと云つて今自分がどんな反抗的計画を企てたところで、彼を痛い目に合はすことも出来ず「白川を優遇しなければならなかつたんだ」と思ひ染《し》ませることも出来ない。小さい我を張通して断然彼の力を藉ると云ふ事のすべてを撤回してしまふか、或は何事も大呑込に呑込んでしらじらしく彼に喰ひ入つて行くか。自分にはこの二つの途しか行く処が無いのである。
「どうでもいいさ。結局。」白川は苛《いらだ》たしげにかう云つた。
「屹度やらせませう。ここは我慢のしどころですよ。さつき貴方が切込んだとき、大将の頭にぴゆつと来たやうでした。あれで腹の強い人ですから外見にはなかなか見せないが、余程苦しさうでしたよ。いや、時にね……。」
桑野は火鉢の前に手をかざして、背を丸くしながら、少し声を細めて、
「妙な相談を持ちかけられて、僕あ思案にあまつて居ることがあるんです。」
「なんだい。大将がか。」
「いいえ。大将ぢやないんです。若いのが……。」
「細君。」
「さうです。どうせ貴方の智慧を借りたいと思つて居ましたがね。」
「どうしたんだ。」
「いやね、あの……。まあ大将が少し考へればいいんですよ。いつだつて十二時前にや帰りやしないんですからな。」
「まだ遊ぶんかねえ。先日なんだぜ『もうつまらないから止めたよ。しかしなあ、段段こすくなつてくるわあね。人の
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