相談を持つて来た積りではないんで、どうです俺の技倆はと云つて意張つても見たり、甘くやつてくれたと貴方から喜んで貰へると思つて、私はこの金を持つて来たんだ。」
 云ひ切つたとき脈管内に湧きたつ血が頭にのぼつて行くのであらう。身うちがぞつとするやうに彼は感じた。
「しかしねえ、私は最初から事件の仲裁は貴方に頼まない。これ丈の資金があるが、何とか利殖の方法があるまいかつて君に相談したんでせう。その時私が只突然に五万円の資金があると云つた処で、君は信用しまい。それを説明する為に訴訟の関係を話した。つまり沿革を説明したんだね。君は此金を受けいれて、私に約束の報酬さへくれれば、その報酬で、私がなにをしようとも、一切自由なんだ、訴訟の解決に使はうが地所を買はうが、相場をしようが、私は貴方からかれこれ云はれる気遣はない積りなんですから……理窟を云へばまあかうだがね。」
 白川がこの一転語を下したとき桑野はほつとした。白川は世馴れた口調に調子をかへて、さつきから、額に苦悶の影を漂はせながら相返答もせずに彼の議論を聞いて居た松村に
「それで結局私が聞きたいのは、君の本統の心持だ。いくら私が金主側を説破して来ても、貴方が本統にやる気がないのなら、これは駄目なことなんだ。これまでになつて此話が破れれば、私は金主に対して済まないことにもなるが、それはまだいいとして、私の本人に申訳が無いし、相手方の代理人の大草さんにも顔向けが出来なくなる。私は全く切腹道具なんです。しかし貴方を義理責にして自分だけは助かりたいとは思つて居ません。兎に角本統にやる気なんだか、どう云ふんだか、掛引のない処を云つて下さい。」
 かう云つて白川は自分の本意でない方向へ話が外《そ》れて行つて、松村を正面から責めつけて行かねばならなくなつたことを、口惜しいことに思つた。
「それはやる。」
「本統ですね。」
「さうだ。本統だ。」
 この時吐いた松村の呼吸は腹の底から出るやうに感じた。之が俺の本心である、どこまでもやると覚悟をしてしまへば、手形の形式はどうでもいい。もともとこの手形は外へ廻さず、取立には交換にもかけないと云ふ約束なんだから、会社の名誉が外から損はれる訳はない。奥田の裏書と云つても、もし俺が親身になつて、どうか頼むとさへ云へば、反感も除《と》れるであらうし、承諾を得ることも必ず出来得るんだ。白川をここまで誘《お》
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