しみもすつかり融《と》けてしまつた。どうにかして女房を素直にあやまらせて、お上からあんまりがみがみ云はれないうちに、早くゆるして貰ひなさいと勧めて見る気になつた。
 けれども女房の顔にはそんな和《やはらぎ》が少しも上らなかつた。髪はぐるぐる巻にして油つ気もないので後れ毛は容赦なく、骨ばつた頬のまはりに乱れて居た。鼻だけはやゝ形がいゝが、目元に険があつて、口がきりつと男の様にしまつて居た。すてばちになつたら何ものにも恐れないと云ふ毒々しい気性がしんねりむつつりした容貌の上にあらはれてゐた。流石《さすが》おつかさま[#「おつかさま」に傍点]に向つては、唇をそらしても居られないのであつたが、さればと云つて、心からお詫をしようとは思ひこんでは居なかつた。女房はどこまでもふてぶてしく、強ひて空うそぶくやうな様子を作らうとするのであつた。
 お巡査《まはり》さんは此間もちつとも考をやすめなかつた。気のせいか、どうも女房の素振が可怪しく思はれてならなかつた。第一、自分等が付いて来てからと云ふものは、あの女はちつとも坐をたゝない。あわてないからだと云ふにしたところで、挨拶をするにも、あんまり落ちつきがすぎる……。と忽ち頭の中に或事かひらめいた。殆ど無意識的にお巡査さんは自分が今何の上に坐つて居るかを調べる為に、手を莚の下にやつてみた。麦藁を敷きならべた上にすぐ莚が敷かれてあつて、床板《ゆかいた》は全く無い。すつくと立つて女房の傍へ歩みよつて、肩をつかまへた。
「そこどけ。どいて見ろ。」お巡査《まはり》さんはもう逃《のが》さないぞと計りに睨み下した。
 この時の女房の様子は、実に不思議であつた。何もかも之れぎりだ。かう覚悟をきめたかのやうにも見えた。どんなことがあつても動くものか。かう決心したかのやうにも見えた。自分も良人と同罪だ。かう思つて恐しい罪人となることに顫へを感じたかのやうにも見えた。ありとあらゆる情感が一ぱいに溢れ出たとき、怨めしいとも思はずに涙が出る。そんなやうな気分で胸が全く塞つてしまつた。さうして一番はつきり此女の考として残つたことは、此品《これ》をとられてしまつてはすぐ食ふことが出来ない、自分と、三人の子供の命の蔵《くら》は、今自分が座つて居る莚の下にある、生きたいと云ふ一念で、良人《をつと》は恐しい土蔵破りをまでした、その一念で、自分は怖さ、恥しさを忘れて、ぢつ
前へ 次へ
全18ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング