た。それから良人を縛つてえらさうな顔をして居た巡査が憎くらしく、五本足の犬の見世物でも見るやうに、あの日の良人の廻りにより集つた村の人々が忌々しかつた。もつと/\考へて見ると、盗まれ主の親様の、土蔵の白壁が一番悪いんだとも思はれて来る。それでなくつても、食物がほしい、着ものがほしい、厚い蒲団がほしいと、物心ついてから四十二の今日まで、人のものを羨むと云ふことにのみあこがれて来た彼の眼には、あの白壁の中にどんな和《やはらか》い、どんなに美しい、見ただけで胸がわくわくするやうな、珍しい反物や珠玉《しゆぎよく》が蔵《しま》つてあるだらうか、それが一一手に取つて見えるやうにも感ぜられるのであつた。そこで他人のものを盗み取つた良人の行為は、決していゝことであるとは思へないが、そんなに憎々しいことを云はないでも、少しは憐れだと云ふ同情《おもひやり》があつたつてよさ相なもであるとも云つて見たい。
「ほんとにまあ、畜生が。」
 家宅捜索の日に、自分を刎ね飛ばして、穴蔵から、赤縞《あかじま》双子《ふたこ》の解皮《ときかは》が一反、黒繻子の帯も、之も解き放した片側が一本出てきたとき、あの親様のおつか様が恐しい目をして私を睨んだ。
「これだ、これだ。姉さあの帯皮だ。」かう云つてぐるぐる巻にしておいた帯皮を長々とひろげて、黒い蛇ののたうち廻つたやうに、室一ぱいに引きずつた。ふだんは、やさしい人なつこいあのやうなおつかさま[#「おつかさま」に傍点]でも、いざ自分《じぶん》のものとなると、あの様な劇しい詞が口から出る。盗人と畜生とが一つに見られてしまふ。憎いと云へば、此人だつてやはり憎い。
 丁度こんな毒々しい考に気が欝込《めいりこん》だ或宵のことであつた。彼は、いつまでも物を云はない、いつまでも動くもののない――子供はとうに寝入り込んで居た――夜の寂寞に堪へられなかつた。くたくたになつた藁草履を引つかけて背戸口から往来に出た。日がくれて間もない時刻であるから、銘々の家から、明りがさし、人の話声なども、しかとはわからないが、ごそごそと耳にはひる。姿も見えないどこかのあまり遠くない所に追分節の長く引つぱつた声が聞えたが、中途でばつたり切れた。静かなことはやつぱり静かである。
 彼は観音堂の境内にはひつた。往来からは何の仕切もない広前が少しばかりあつて其正面の奥手に御堂がある。四つばかりの階段を上
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