普通の出來事が原因をして居るものならば彼はその原因を破つて破つて、どうしても男の傍に居るやうな手段に出づるに違ひない。ただ彼の計畫は普通の場合でない、普通の事件でない。彼は生命を犠牲にしても辭さない覺悟である。戀愛――勿論それを犠牲とすることに躊躇すべき筈ではないのであつた。それでも女は戀愛を棄てるに忍び得なかつた。兩立すべからざる二つの情願を二つとも成就さす方法は到底發見し得られさうにもなかつた。
 もし、もし女が大膽な計畫に、も一層の大膽さを加へて、男をもその計畫の一人に引き込んで、一緒に實行して一緒に死んでしまふ。と云ふ決心が出來れば、或は二つの情願が、死の刹那《せつな》に融合《ゆうがふ》してしまふ樣にもならうが、之とて今の亨一に強《しひ》ることが出來なかつた。結局未解決にして置いて、先づ勞役のこと丈をやつてしまはうと思つた。勞役中で幾分か戀愛の情緒がゆるむかもしれない。又例の計畫の狂熱がさめるかもしれない。なるべくは歸つて來て男の傍で、安易な生活の出來る女になつて見たいと思はぬでもなかつた。ただかう考へてくるときにいつも彼の目前に立ちはだかる一つの恐ろしい事實がある。それは病氣の問題だ。彼の病はもう左肺を冒《をか》して居ると云ふことを彼は自覺して居つた。病氣で死ぬ位なら、いつそ××の爲に死なう。こんな風に端のない絲をたぐるやうに考へがぐるぐるとめぐつてあるくのであつた。
 今日男に打ち明けたときでも、無論最後の解決がついてるのではなかつたが、男はもう彼にその覺悟があるのだと思つてしまつた。そして其計畫を止めてしまへと切諌《せつかん》をした。女は、「それはまだ考へなけりやならないことです」と云はうとしたが、それが女の自負心を傷けるやうにも思はれた。あの事を止めてしまへば自分は「ただの女」となつてしまふ。一旦は喜んで貰へるかもしれないが直《すぐ》に又侮蔑がくるであらう。
 とうとう女は云つた。
「貴方は私をどうなさらうと云ふお積り。」女の詞の調子はやや荒々しかつた。
 男は女が何を思違つて居るのであらうかと思つて、殊更《ことさら》に落着いて、
「どうしようとも思ひません。ただ貴方に平和が與へたいばかりです。」と云つた。
「そんなもの私には不必要です。私は戰士です。革命家です。鬪ひます。あくまでも。」かう云つた女の脣は微にふるへて居た。
「貴方は私の云ふことを誤解
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