私をぢつとさせて置かないやうで、どう云つたらいいでせう。私の身体ぢゆうに油を注いで、それに火をつけて、その火を風で煽る如《やう》に、私は苦しくつて苦しくつて、騒がずに居られないやうな、折折気が狂ふのかと思ふやうな心持がして来ますの。私ねえ、貴方のお傍に居ないのであつたなら、疾うにどうにかなつて居ましたのでせうよ。」
「貴方はまた亢奮しましたね。いけません。いけません。」男は女から膝から自分の手をもぎとる様にして引いた。
「いいえ。大丈夫です。今日は私はしつかりして居ます。私が労役に行くと云ふことも、畢竟《ひつきよう》は貴方の御意思通りに従はうと云ふにすぎません。なぜとおつしやるんですか。私は労役に服してそこに平和を発見して来ようと思つてるんですもの。あすこは別世界でせう。全く世間とは没交渉でせう。今日のことは今日で、明日のことは明日と云つたやうに、体だけ動かして居れば、時間が過ぎて行く処です。自由、自由つてどんなに絶叫して居ても、到底与へられない自由ですもの、いつそ極端な不自由の裡《うち》に身を置いてしまへば、却つて自由が得られるかもしれません。」
亨一は此話の間に屡々|喙《くちばし》を※[#「「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている」、第4水準2−13−28]《さしは》さまうとしたがやつと女の詞の句切れを見出した。
「馬鹿な、空想にも程がある。貴方だつてあの中の空気を吸つたことがある人ぢやないか。あの小さい小ぜりあひ、いがみあひ、絶望が生んだ蛮性。あれを貴方はどう解釈してるのです。」
「私にはまだ大きな理由があります。蕪木のことがその一つ。」女は男の体にひたと身をよせた。
「蕪木が私達を呪つて居ます。私が貴方の傍に居ることは、貴方の身体にも危険です。私があちらへ行つたら、ちつとは蕪木の憤激がやはらぐでせう。それから私は貴方の教訓に従ひます為に、三阪さん、多田さんとも文通を絶つ必要があります。官憲が丁度よく私と外界とを遮断してくれますから、私に対するあらゆる讒謗《ざんばう》も、呪咀もなくなつてしまひませう。その代り私が帰つて来ましたら……。」
女は今日に限つて涙が出ない。之れ丈の事を云ひ尽すのに、何にも泣かずに云つてしまつたことが不思議のやうに思はれた。こんなにものを云つてる人間が自分の外にあつて、自分はただその仮色《こわいろ》をつかつてるにすぎないのではあるま
前へ
次へ
全16ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング