当なる権力の用方ではないと思ふのであつた。斯様にして権力の濫用を恣にする政治家は、事の真偽、理の当否を調査することなしに、只一概に大掴に、否むしろ虚を実と誣ひ、直と曲を邪み、何でもかでも思想の向上、流布を妨止するのであるとも思はざるを得なかつた。
 彼は忿然として此圧力に反抗しなければならないといきまいた。自分が斯うして牢獄の苦を嘗めて居ることはむしろ誇るべきことなのではあるまいか。かう思つて来て彼は心の緊張を知覚した。
 俺は志士となつた。思想家として扱はれて居る。頑冥なる守旧家の手によつて捧げらる新社会の祭壇の前の俺は犠牲だ。俺の犯罪の性質は之を天下に公言することが出来る。俺の犯罪は、俺の個人的利害、職業、感情、乃至財産との関係ではない。俺の主義、俺の思想、俺の公憤と犯罪との関係である。彼等に忌れ、憚られ、恐れられる丈それだけ、俺は名誉の戦士として厚く待遇せらるる訳だ。俺の肉体は呵責をうける。或は傷つき或は※[#「爿+戈」、第4水準2−12−83]《そこな》はれるであらう。けれども俺の心霊は何ものゝ暴力に抗ひても。安らかに平和に宏大に活きて居ることが出来る。正義の上に刑罰の笞《しもと》の下つた例は、古今を通じて東西に亙りて、何時の時代にもどんな処にでも起つたこと、起り得ることである。笑つて笞を受けた囚人は、後には泣いて追慕の涙に滲んだ弔詞を受ける先覚者である。俺もさうだ、今にさうなる……。
 女々しい涙を揮払つて彼は起上らうとした。手の自由が利かないので、一寸起つことが出来ない。やけに手錠を外して了はうとして、両足をかけてぐつと押した。手首よりも掌は勿論大きい。そんなことで手錠が外れさうのことはない。押した力で手錠の鉄が彼の肉や骨に喰入るやうに痛むのであつた。「ああ」彼はぐつたりと又倒れてしまつた。
 彼が東京へ護送せらるゝ為梅田の停車場から汽車にのつたのは、それから二日後の事であつた。
「私はとても助からないと思ひました。汽車に乗つてからも、死んで了ふと覚悟しました。窓の側に坐つて外を見てゐますと、すつかり日はくれて、外は真暗です。飛びおりてしまへばすぐに死ねるんだと思つても、いざとなると一寸思切が出来ないでゐるうちに、汽車はどん/\進行して行きます。愚図愚図して居ると機会がなくなつて了ふと思つて気がわく/\します。どうもいゝきつかけがありません。すると私は自
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