もあつた。しかしそれは新聞紙法違反位の軽罪で、二三ヶ月の拘禁を受ける位の程度を考へたからのことであつた。然るに極重悪の罪名を負《おは》せられ、夜を日に継ぐ厳しい訊問を続けられ、果ては死を以て罪を天下に謝さなければならないと云ふ、そんな大胆な覚悟は、彼が心中には未だ嘗て芽を吹かうともしたことはないのであつた。
彼が訊問に疲れ、棒立ちになつてゐる苦痛に堪ヘずして昏倒した後、考がこの不可測な起因、経過、終局に及んだとき、彼は逆上せんばかりに煩悶した。それは夜も深更であつた。昼からかけての心の顫《ふるへ》は漸く薄らいだが恐怖は却つてはつきりした知覚を以て彼を脅《おどか》した。彼が拘禁された留置場は三畳の独房であつた。戸口が一つあるきりで四方は天井の高い壁で囲つてある。息抜きの窓が奥の方の手も届かない処に切られてあるが、夜は戸をしめてしまふ。黴と湿気と挨の臭がごつちやになつた、異様に臭さい部屋である。六月の末でもあるから莚の様な蒲団もさほど苦にもならず、いろ/\の悲しみ、歎き、憤りを載せて、幾十百人の惨苦の夢を結ばせた、其の堅い蒲団の上に彼も亦其身を横へて居るのであるが、一度去つた眠りは容易に戻つては来なかつた。機械のうなりが耳の傍近くに迫つて聞えるやうな、押付けられた気分が段々に募つて来る。今はかうして手足を伸ばして寝て居るんだが、明日の朝になつたら俺はどうなるのであらう。手錠、腰縄、審問場、捜査官。そして激しい訊問。厳しい糾弾。長時間の起立。何たる恐しい事であらう。
一体俺は志士でも思想家でもないんだ。俺は一度だつて犠牲者となる覚悟をもつたことがない。革命と云ふやうなことは、俺とは関係のない外の勇しい人のする役目なんだ。遠くからそれを眺めて囃したてゝ居れば、それで俺の役目はすむ訳だ。俺は一体何を企てたと云ふのであらう。一時の勢にかられたときは、随分|飛放《とつぱな》れた言動もしないではなかつたが、それは一時の興である。興がさめたときは、俺は只の三村保三郎である。臆病な、気の弱い、箸にも棒にもかゝらぬやくざものだ。
俺の様なものを引張つて、志士らしく、思想家らしく取扱はうとする当局者の気が知れない。けれども当局者はどこまでも俺の犯罪を迫及する、俺は助からぬかも知れない。殺されることがもう予定されてるのかも知れない。こんな臭い部屋へ抛りこんで現責《うつつぜめ》とやらで俺
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