と、たちまち真暗な網の底にあたってシュッシュッというひそやかなおとがきこえてきた。その音は次第に高く大きくなり、暫時にして水の跳ねとぶ騒然たるものおとに変って行く。――見よ、うす暗いカンテラの光りのなかにその網底に照し出された、夜目にもしるき銀鱗のひらめきを。
数人宛、鰊汲み舟に分乗して待ちかまえていた漁夫たちは勇躍して鰊を汲みはじめた。汲※[#「※」は「手偏+黨」、第3水準1−85−7、111−16]《くみたも》のさばきもあざやかに鰊は舟に汲みあげられる。鰊汲み舟一杯には八石から十石の鰊を入れることができるのだ。
鰊を汲みつつ唄う漁夫の網起しの唄。――
おんじもおんこちャ―― しっかりたぐれ
船頭や―たのむぞ サ―網起し
鰊来たかよ ドッコイショ
鰊ぐもりだ 今夜も群来《くき》た
大漁ヨ― 祝いだ
サ―網起し
唄ごえは嫋々たる余韻をひいて、潮風の吹くがままに真暗な海上はるかに消えてゆく。
群来《くき》た鰊の大群は、午前の三時頃になってようやく退去して行った。漁夫たちはあけ方まで休みなしに鰊汲をつづけ舟に一杯になるとそれを枠網にう
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