彼はやがて近づいて行ってその家のガラス戸をあけた。「さけ」「めし」と半紙に書いて貼りつけてあるそのガラス戸は雪の重みでひどくゆがみ、ぎしぎしと軋んだ。
ちかちかと刺すような銀いろの雪の輝きに麻痺した目は、一瞬土間の暗さにたじろいだ。が、すぐに慣れた。じっと目を据えて見ると、土の上にじかにおかれた細長い飯台に向いあって、漁夫、馬橇引、百姓などとりまぜて七八人が腰をおろしていた。
「ちょっとお尋ねしやす。」
源吉は敷居の外につっ立ったまま、にこりともせずまるで怒ってでもいるかのような調子で言った。「大丸たらいう漁場の事務所はどこかね?」
人々はもうだいぶ酔っているらしかった。突然の闖入者に彼らは話をやめ、互いに顔を見合し、それから源吉の風体をさぐるようにじろじろと見た。
「あんさん、鰊場稼ぎなさるのかね?」
源吉の問にはすぐには答えないで、問いかえしたのは、四十余りの屈強な漁夫であった。
「今っから旦那と契約すんのかね?」
「ああ、」
「そりや、遅かろうて、みんなもう、去年のうちにすんでいるべものな。」
同意をもとめるかのように一座の人々の顔をずーっと見まわし、それから又源吉の方
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