の乾燥、等々。――漁舎のなかは戦場のような興奮と喧噪のうずまきだった。生臭い魚の血のにおいと腐敗臭が、漁舎ばかりではなく浜全体にびまんして、慣れない百姓や子供のなかには吐気をもよおすものさえあった。
夜も昼もないそういう労働が何日かつづくと、源吉はさすがに参ってきた。寝て起きたあとには、過労のために自分の身体を見失ったような感覚がけだるくいつまでも残っていた。古い病気が出て弱っているらしい様子を、その顔にありありと示しているものが何人も出て来た。どこへ行っても生臭い鰊の臭いから片ときも脱れることのできないのが何よりも閉口だった。飯や漬物や、――井戸から汲みあげて呑む水にさえほのかなさかなの臭いがしみついていて、口もとにもって行くと、ぷんとした。からだにしみこんだ臭いはいくら洗ってもおちなかった。宿舎のなかは、鰊の血と脂と鱗でギラギラ光っている漁夫たちの仕事着から発散する臭いでむれるようだった。その仕事着のままの姿で彼らは眠るのだ。すぐに彼らの一人一人が虱の巣になった。からだをうごかしているときには奥ふかくひそんでいて、ときどき蠢めくだけであったが、一度横になると襟首や袖口にぞろぞろと這い出してくるのだった。
「意気地なし、弱りやがったな。」
山本は例の調子で言って、源吉の顔を見あげながら笑った。
何かひきつけられるものがあり、あの晩以来、源吉はしきりに山本に近づこうとするのであった。山本も、これははっきりとした目的から少しでも源吉に話しかける機会を多く持とうとした。火事場のような騒ぎのなかではしかし、ほとんどまとまった話はできなかった。二人はそれでも仕事の時にはちょいちょい一緒になった。源吉が乗りこむ鰊汲舟には山本も乗った。鰊を割く時には山本は源吉の側に来てすわった。それには仕事になれない彼を少しでもかばおうという意味もあった。
「何だア、その手つきあ。おめえ、鰊場かせぎはじめてだな。うまくもぐったものだてば。」
※[#「※」は「手偏+黨」、第3水準1−85−7、114−4]を扱ったり、出刃を使ったりする源吉の手つきを見ながら声をひそめて言うと、山本はずるそうにわらった。而してひょいと出刃を持つ手を左にかえ、鰊の血にまみれた右手を無雑作に襟首につっこんでもぞもぞさせているかとおもうと、虱をその太い指先につまみ出し、出刃の上でピチピチと音をさせてつぶしたりす
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