足を上げ、大声を出しながら体操を始めることがあった。その食欲は底知れぬほどで、同居人の残飯は一粒も残さず平らげ、秋から冬にかけては、しばしば暴力をもって同居人の食料を強奪するので、若い他の二人は秋風が吹くころから、また一つ苦労の種がふえるのであった。――そしてこの男は、時々思い出したように、食いものと女とどっちがええ[#「ええ」に傍点]か、今ここに何でも好きな食いものと、女を一晩抱いて寝ることとどっちかをえらべ、といわれたら、お前たちはどっちをとるか、という質問を他の三人に向って発するのである。老人《としより》はにやにや笑って答えないが、若者の一人が真面目《まじめ》くさって考えこみ、多少ためらった末に「そりゃ、ごっつぉう[#「ごっつぉう」に傍点]の方がええ」と答え、「わしかてその方がええ」ともう一人の若者がそれに相槌《あいづち》を打つのを聞くと、その男は怒ったような破《わ》れ鐘《がね》のような声を出して怒鳴るのであった。「なんだと! へん、食いものの方がいいって! てめえたち、ここへ来てまでシャバにいた時みてえに嘘《うそ》ばっかりつきやがる。食いものはな、ここにいたって大して不自由はし
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