らく白っぽく乾《かわ》いていたことであろう。静かに立ち上ると報知機をおとし、それからぐったりと彼は仰向けに寝ころんだ。
 靴音がきこえ、やがて彼の監房の前で立ち止まり、落ちていた報知器をあげる音がきこえ、次に二つの眼が小さな覗《のぞ》き窓の向うに光った。
「何だ?」
 太田は答えないで寝たままであった。
「おい、何の用だ?」光線の関係で内部がよくは見えなかったのであろう、コトコトとノックする音が聞えたが、やがて焦立《いらだ》たしげにののしる声がきこえ、次に鍵《かぎ》がガチャリと鳴り、戸が開いた。
「何だ! 寝そべっている奴《やつ》があるか、どうしたんだ?」
 太田がだまって枕《まくら》もとの洗面器を指さすと、彼は愕然《がくぜん》とした面持でじっとそれに見入っていたが、やがてあわててポケットから半巾《ハンケチ》を出して口をおおい、無言のまま戸を閉じ急ぎ足に立ち去った。
 やがて医者が来て簡単な診察をすまし、歩けるか、と問うのであった。太田がうなずいて見せると彼は先に立って歩き出した。監房を出る時ふと眼をやると、洗面器の血潮はすでに夏の日の白い光線のなかに黒々と固まりかけていて、古血の臭い
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