は岡田と話をする機會をつひに持たなかつた。

     8

 灰いろの一と色に塗りつぶされた、泣いても訴へても何の反響もない、澱んだ泥沼のやうなこの生活がかうしていつまで續くことであらうか。また年が一つ明けて春となり、やがてじめじめとした梅雨期になつた。――あちこちの病室には、床につきつきりの病人がめつきりふえて來た。毎年の事ながらそれは同じ一と棟に朝晩寢起きを共にする患者たちの心を暗くさせた。――五年の刑を四年までこゝでばかりつとめあげて來た朝鮮人の金が、ある雨あがりのかツと照りつけるやうな眞ツぴるまに突然發狂した。頭をいきなりガラス窓にぶつつけて血だらけになり、何かわけのわからぬことを金切聲にわめきながら荒れまはつた。細引が肉に食ひ入るほどに手首をしばり上げられ、ずた/\に引き裂かれた囚衣から露出した兩肩は骨ばつていた/\しく、どこかへ引きずられて行つたが、その夜から、この隔離病舍にほど近い狂人《きちがひ》監房からは、咽喉《のど》の裂けるかと思はれるまで絞りあげる男の叫び聲が聞えはじめたのである。それは金の聲であつた。哀號、々々、と叫び立てる聲がやがて、うおーツうおーツといふやう
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