少し脊のび加減にすると太田の監房から見る視野の中に入るので、彼は固唾を呑んでその樣子を眺めたのである。
 三人のうち二人は見なれない醫者で一人はこゝの監獄醫であつた。その二人のうちの年長者の方が、頭の上から足の先まで岡田の全身を凝つと見つめてゐる。岡田は何かいはれて身體の向きを變へた。太田の視線の方に彼が脊中を向けた時、太田は思はずあツと聲を立てるところであつた。首筋から肩、肩から脊中にかけて、紅色の大きな痣のやうな斑紋がぽつりぽつりと一面にできてゐるのだ。裸體になつて見ると色の白い彼の肌にそれは牡丹の花瓣のやうにパツと紅く浮き上つてゐる。
 醫者が何かいふと岡田は眼を閉じた。
「ほんたうのことをいはんけりやいかんよ。……わかるかね、わかるかね。」さういふやうな言葉を醫者は言つてゐるのだ。よく見ると、岡田は兩手を前に伸ばし、醫者は一本の毛筆を手にしてそれの穗先で、岡田の指先をしきりに撫でてゐるのであつた。感覺の有無を調べてゐるのであらう。わかるかね、と醫者に言はれると岡田はかすかに首を左右にふつた。いふまでもなく否定の答へである。醫者はそれから、力を入れないで、力を入れないで、といひな
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