氣を持ち得ず[#「持ち得ず」は底本では「待ち得ず」]、直に疲れはてて了ふのであつた。しつこく掴んでゐた解決の絲口をもいつの間にか見失ひ、太田は仰向けになつたまゝぐつたりと疲れて、いつの間にかふかぶかとした眠りのなかに落込んで了ふのである。――眞夜なかなどに彼はまたふつと眼をさますことがあつた。目ざめてうす暗い電氣の光りが眼に入る瞬間にはつと何事かに思ひ當つた心持がするのだ。或ひは彼は夢を見てゐたのかも知れない。今はもう名前も忘れかけてゐる昔の同志の誰れ彼れの風貌が次々に思ひいだされ、その中の一つがかの男のそれにぴつたりとあてはまつたと感ずるのであつた。だがそれはほんの瞬間の心の動きにすぎなかつたのであらう。やがて彼の心には何も殘つてはゐないのだ。手の中に探りあてたものを再び見失つたやうな口惜しさを持ちながら、そのやうな夜は、明け方までそのまゝ目ざめて過すのがつねであつた。
 その新入の癩病人についてはいろいろと不審に思はれるふしが多いのである。彼はこゝへ來た最初の日から極めて平然たる風をして居り、その心の動きは、むしろ無表情とさへ見られるその外貌からは知ることができなかつた。前からこゝ
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