であつた。しかも外觀から察したところ、病勢は、もうかなり進んでゐる模樣である。まだ若い男らしいのだ。病氣のために變つた相貌から年の頃ははつきりわからないが、その手のふり方や足の運び方には若々しいものが感ぜられるのである。顏はほとんど全面紫色に腫れあがり、その腫れは、頸筋にまで及んでゐた。頭髮はもう大分うすくなり、眉毛も遠くからは見え難いほどである。さほど瘠せては居らず、骨組の逞ましい大きな男である。
その男の運動の間ぢう、扉の前に立ちつくしてまたゝきもせず、男が監房へ歸つてからも胸騷ぎの容易に消ゆることのなかつた太田は、その日から異常な注意をもつてその男の一擧一動を觀察するやうになつた。――太田は確かにその男の顏に見おぼえがあつたのだ。その顏を見る毎に心の奧底をゆすぶる何ものかゞ感ぜられるのであるが、只それが何であるかを俄かに思ひ出す事ができないのであつた。日を經るに從つてその顏は次第に彼の心にくつきりとした映像を灼きつけ、眼をつぶつて見ると、業病のために醜くゆがんだその顏の線の一つ一つが鮮やかに浮き上つて來、今は一種の壓迫をもつて心に迫つてくるのであつた。――夜、太田は四五人の男達
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