うに一切の情熱をほろぼし、彼は再び冷たい死灰のやうな心に復るのであつた。
太田がさうした状態にある時に、一方彼が日々眼の前に見るかの癩病人たちは、身體がもう半ば腐つて居りながら、なんとその生活力の壯んなこと! 食慾は人の數倍も旺盛で、そのためにしばしば與へられた食物の爭奪のためにつかみ合ひが始まるほどであり――又性慾もおさへ難く強いらしく、夏のある夕べ、かの雜居房の四人がひとしきり猥らな話に興じたあげく、そのうちの一人が、いきなり四ツんばひになつて動物のある時期の姿態を眞似ながら、げらげらと笑ひ出したのを見た時には、太田は思はず、あゝ、と聲をあげ、人間の動物的な、盲目的な生の衝動の強さに打たれ、やがてはそれを憎み――生きるといふことの淺ましさに戰慄したのであつた。
おなじ夏のある曉方、肺病の病舍では、三年越し患つた六十近い老人が死んだ。死んで死體を運び出し、寢臺を見た時、誰も世話するものもなかつたその老人の寢臺の疊はすでに半ば腐り、敷布團と疊の間には白いかびが生え、布團には糞がついてそれがカラ/\にひからびてゐた。――そして同居人である同じ病人達は、この死に行く老人の枕もとでこの老
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