に腫れて肉さへ裂けて見えた手足が、黒いしみ[#「しみ」に傍点]を殘したまゝもとどほりになつて、脂肪がうつすらと皮膚にのつて、若々しい色艶を見せたかと思はれたのもほんの束の間の事であつた。今ははげしい汗疣《あせも》が、背から胸、胸から太股と全身にかけて皮膚を犯してゐた。汗をぬぐふために絶えず堅い綿布でごしごし肌をこするので強靱さを失つた太田の皮膚はすぐに赤くただれ、膿を持ち、惡性の皮膚病のやうな外觀をさへ示しはじめたのである。――監房内の温度はおそらく百度を越え、それと同時に房内の一隅の排泄物が醗酵し切つて、饐《す》えたやうな汗の臭ひにまじり合つてムツとした惡臭を放つ時など、太田は時折封筒を張る作業の手をとゞめ、一體この廣大な建物の中には自分と同じやうなどれほど多くの血氣壯んな男たちが、この惡臭と熱氣のなかに生きたその肉體を腐らせつゝあるのだらうか、などと考へながら思はず胸をついて出る吐息とともに空を眺めやると、小さな鐵格子の窓に限られたはるかな空は依然白い焔のやうな日光に汎濫して、視力の弱つた眼には堪へがたいまでにきらめいてゐるのであつた。
ほぼ一《ひと》月もするうちに、單調なこの
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