しかけて居て、瞼の内側の赤い肉の色が半ば外から覗かれるのであつた。
太田が監房に歸つて暫らくすると、コトコトと壁を叩く音が聞え、やがて戸口に立つて話しかけるその男の聲がきこえて來た。
「太田さん。」看守が口にするのを聞いてゐていつの間にか知つたものであらう、男は太田の名を知つてゐた。
「お話しかけたりして御迷惑ではないでせうか。じつは今まで御遠慮してゐたのですが。」
聲の音いろといふものが、ある程度までその人間の人柄を示すことが事實であるとすれば、その男が善良な性質の持主であるらしいことがすぐに知れるのであつた。こんな世界では恐ろしく丁寧なその言葉遣ひもさしてわざとらしくは聞えず、自然であつた。
「いいえ、迷惑なことなんかちつともありませんよ。僕だつて退屈で弱つてゐるんだから。」太田は相手の心に氣易さを與へるために出來るだけ氣さくな調子で答へたのである。
「始めてこゝへゐらした時には嘸びつくりなすつたでせうね。……あなたは共産黨の方でせう。」
「どうしてそれを知つてゐるんです。」
「そりやわかります。赤い着物を着てゐてもやつぱりわかるものです。わたしのこゝへ入つた當座は丁度あなた方
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