時にそこの喫茶店で逢ふことになつてゐるのだ、とその場所へ彼を連れて行つた。そこには、太田と同年輩の和服姿の男が一人待つて居り、二人を見ると直ににこ/\し出し、僕、山本正雄です、どうぞよろしく、と中村の紹介に答へて太田に挨拶をするのであつた。――話をしてゐるうちにその言葉のなかに、東北の訛りを感じ、質朴なその人柄に深く心を打たれたが、その山本正雄が岡田良造であつた事を太田はずつと後になつて何かの機會に知つたのであつた。
太田は當時、四貫島の、遠縁にあたる親戚の家の部屋を借りて住んでゐた。二階の四疊半と三疊の兩方を彼は使つてゐたので、その四疊半を岡田のために提供したのである。彼等は部屋を隣り合せてゐるといふだけで、別に話をするでもなく、暮した。太田は朝早く家を出、遲くなつて歸る日が多いのでしみじみ話をする機會もなかつたわけである。彼が夜遲く歸つてくると、岡田は寢てゐることもあつたが、光度の弱い電燈を低くおろして何かゴソゴソと書きものをしてゐることもあつた。朝なども彼の起きるよりもまだ早くぷいと家を出て、一日歸らないやうな日もあつた。さういふ生活がほぼ一月もつゞき、めつきりと寒くなつた十一月のある日の朝、岡田は家を出たきり、つひに太田の許へは歸つて來なかつたのである。――何か事情があるのだらうとは思つたが、丁度その日の朝、何のつもりか岡田はまだ寢てゐる太田の部屋の唐紙を開けて見て、何かものを言ひたげにしたが、そこに一枚のうすい布團を、柏餅にして寢てゐる太田の姿を見ると、ほつ、と驚いたやうな聲をあげてそのまゝ戸を閉めてしまつた。――それは丁度、二枚しかなかつた布團の一枚を、寒くなつたので岡田に貸したその翌日だつたので、自分の柏餅の寢姿を見て、案外氣立ての柔《やさ》しさうな岡田の事ゆゑ、氣の毒がつて他所へ移つたのかも知れない、などとも太田には考へられるのであつた。心がかりなので二三日してから中村に逢つて尋ねると、彼はすつかり合點して、「いや、いいんだ、今日あたり君に逢つて話さうかと思つてゐた所だよ。奴も落着く所へ落着いたらしいんだ。長々ありがたう。」といふのであつた。――一九二×年十一月、日本の黨は漸くその巨大な姿を現しかけ、大きな決意を抱いて歸つた山本正雄こと岡田良造は、その重要な部署に着くために姿をかくしたのである。
丁度それと前後して太田は大阪を去り、地方の農村へ行
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