會をするのであらうか。氣をつけて見ると、この病舍には別に面會所とてないのである。庭の片隅のなるべく人目にかゝらない所ですますらしいのである。面會に來たのは杖をつき、腰の半ば曲つた老婆であつた。黄色い日の弱々しく流れた庭の一隅に、影法師をおとして二人は向ひ合つて立つてゐる。老婆はハンケチで眼をおさへながら何かくどくどとくりかへしてゐるやうだ。やがてものの十五分も經つと、立會の看守は時計を出して見、二人の間をへだて、老婆を連れて向ふへ立去つて行つた。男は立つて、壁のかげに隱れるその後姿を見送つてゐたが、やがて擔當にうながされて歸つて來た。
「太田さん、太田さん、」監房へ入るとすぐに男はおろおろ聲でいふのであつた。「ばばァはね、うちのばばァはたとへからだが腐つても死なないで出て來いといふんです。それまではばばァも生きてゐる、死ぬ時には一しよに死ぬから短氣な眞似はするなつて、くり返しくり返しばばァはいふんです……。」
 それから今度は聲を放つて彼は泣き出したのである。――とぎれとぎれの話の間に、太田は男の名を村井源吉といひ、犯罪は殺人未遂らしく、五年の刑期だといふことだけを知ることができた。あなたの事件は何です、と遠慮がちに聞いてみると、「つまらない女のことでしてね、つい刄傷沙汰になつて了つたのです。」さういつたまゝぷつつりと口をつぐんで、自分の過去の經歴と事件の内容については何事も語らなかつた。
「ねえ、太田さん、わたしは諦めようつたつて諦められないんだ。わたしはまだ二十五になつたばかりです。そして社會では今まで何一つ面白い目は見てゐないんです。今度出たら、今度シヤバに出たらと、そればつかり考へてゐたら、そのとたんにこんな業病にかゝつてしまつて……。私はばばァのいふとほり、なんとかして命だけは持つて出て、出たら三日でも四日でもいい、思ひつ切り仕たい放題をやつて、無茶苦茶をやつて、それがすんだら街のまん中で電車にでもからだをブツつけて死んでやるつもりです。嘘ぢやありません、私はほんとうにそれをやりますよ。」
 全く心からさう思ひつめてゐるのであらう、涙でうるんだ聲で話すその言葉には、ぢかに聞き手の胸に迫つてくるものがあつて、太田は心の寒くなるのを感じ、聲もなくいつまでも戸の前に立つてゐた。

     4

 冬がすぎ、その年も明けて春となり、いつか又夏が巡つて來た。
 肺
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