つた瞬間の恐らくは胸もつぶれんばかりの老いた母の心の驚ろきといふものを想像するに堪へなかつたのである。
古賀が最後に母と別れたのは四年前の秋であつた。
ある爭議に關係してしばらく入獄し、やがて保釋出所した古賀はその年久しぶりで故郷へ歸つたのである。わづかの入獄期間中にも状勢は變つてをり、出て來た彼はある種の決意を要求されてゐた。その決意を固めるには時日の餘裕をおいてなほいろいろと考へて見なくてはならず、陰ながら母に長い別れを告げる爲にも一度は歸郷する必要があつた。母は地主で同時に村の日用品を一手に商ふ本家の伯父の家に寄食してゐた。
――わざと裏口から這入り、茶の間で伯父や伯母と挨拶してゐる間、母は臺所で何かごそごそと仕事をしてゐるらしい樣子であつた。その後ろ姿がこつちからも見えた。しかしその樣子は仕事はもう疾うにすんでゐながら、わざとさうやつていつまでも手間どつてゐるといふふうに古賀には見えた。やがて伯母によばれ、ぬれた手をふきふきやつて來たがその顏はむつと怒つてゐるやうな表情であつた。
「歸つただか」と低くふるへるこゑで、一口だけ言つた。古賀はその表情の[#「表情の」は底本では
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