り、自然の支配をうけることがそれだけ多いのであらうとおもはれる。毎日暗がりにぼんやり坐つて小鳥のこゑを聞くことは、今の古賀にとつては何ものにもかけがへのないわびしいたのしみになつてゐるのであつた。今に刑がきまり、よその刑務所にやられ、そこの窓近くこの愛すべき小鳥の訪づれがないとしたならばどうであらう、などと時には眞劍に考へてみることもあるのである。――古賀はまたこのごろ、季節々々の切花を買つては房のなかへ入れてゐる。目が見えんくせに花を買ふといつて役人などがわらふのであるが、古賀のはもちろん見るのではなく、匂ひを愛するのである。だから香りのない花がはいつてくると失望するのだが、その花がやがてしぼんで來、花びらのくづれおちるときの音が、かなりはなれた机の上においてあつてさへずゐぶんとはつきりきこえるのである。夜ふけの枕もとに、目がさえたまゝ眠られずにゐる古賀はしばしば餘りにも大きすぎるその音を聞き、何か不安を感ずることさへあるのであつた。
 また、いつかかういふことがあつた。何の用事であつたか看守につれられて中庭へ出て行つたときのことである。中庭をつききり、向ふの廊下の入口へもうだいぶ近
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