ず、精神状態は平衡を失つてゐた。さういふ下地があるうへに、過去において自分の知つてゐる二三の狂人の事どもがおもひいだされ、さういふ時に限つてまた頭は氣味のわるいほどにさえ/″\として來、彼らの場合と自分の場合とを一々こまかな點にいたるまでおもひくらべて見、はては自分もまた狂ふであらう、といふ豫期感情の前にをののくのであつた。古賀の精神状態はさうして一日々々暗澹たるものになつて行つた。茫然として一日をすごし夜になると、今日も亦どうにか無事にすんだのだな、と自分自身に言ひきかせてみるのであつた。――その頃の古賀にとつて何よりの誘惑は自殺であつた。死を唯一の避難所としてえらばなければならないほどに傷ついた人間にとつて、自殺がどんなに甘い幻想であるかといふことは、ものゝ本などで讀んだこともあつたが、古賀はいま自分の實感としてしみ/″\それを味はふことになつたのである。苦しみが耐へがたいものになつた時に、ひと度、いつでも死ねる、といふ考へにおもひいたれば心はなにか大きなものにをさめとられた時のやうな安らかさを感じて落着くのであつた。人間がそこから出て來た無始無終の世界といふものが死の背後にあり、
前へ
次へ
全59ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング