美佐子は彼の妻であると同時に同志でもあつた。こゝへ來るとすぐに、古賀は彼女に對し今後はどうにでも自由な行動をとるやうに、自分の事は忘れてもいい、仕事を忘れるなと言つてやつたのである。彼女に對する彼のかういふ態度は彼の平生の持論から出發してゐた。何年こゝにゐることになるか、生きて出るか死んで出るかもわからない身でありながら妻に向つてはいつまでもさうして待つて居れと強ひる、それは許されないことであると古賀は信じてゐた。古賀はかねがねこの建物のなかにゐる同志のある人々に對し苦々しいものを感じてゐたのである。彼等の外にゐる妻に對する態度といふものは、なんのことはない封建時代の家長のごときものなのだ。ここでの自分の生活に同志である妻の生活を全く從屬させようとするのである。外にゐる彼女たちの上にひたすらに夫の權利をふるまはうとするのである。――言ふならば、その二つの面は一箇の人間において別ちがたく統一されてゐるに係らず、同志としての彼女を忘れ、妻としての彼女の半面をのみ強調するにいたるのである。その結果はどうなるか? 彼女たちの多くは次第に(原文八字缺)、やがてはいはゆる家庭へ歸つた女となる。夫はまた夫でそれをむしろ喜こんでゐる。(原文八字缺)お互ひを高めるためにのみ結合した筈であるのに、彼は今はただ世間普通の男の女にたいする愛情を彼女に感じてゐるに過ぎないのだ。そのうちに彼女たちのうちの弱いものは墮落して行く。經濟的に窮迫してさうなつて行くものもある。さうならないものでも多くは弱つてなかにゐる夫に(原文二字缺)精神的影響をあたへるやうな言葉を面會ごとに口にしたり、手紙に書いたりするやうになる。夫もだんだん弱つて行く。さうした結果は(原文十字缺)彼の態度にもひびかないわけにはいかない。――これでは(原文八字缺)。
 自分の周圍にさういふ同志の姿を餘りにも多く見せつけられた古賀は、つひにはいはゆる(原文四字缺)の結婚それ自體に反對したい氣持にさへなつてゐたのである。それは度をすぎた機械的な反撥ではあつたであらうが。彼が美佐子に對して取つた態度もさういふ氣持から出てゐた。自由な行動をとるやうに、といふ言葉のなかには別れようといふ意味をも含めたつもりであつた。お互ひが間違ひをしでかさないためにはそれが唯一の方法であると彼は考へたのである。だからその後美佐子が、ある合法的な組織に屬
前へ 次へ
全30ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング