演じたあげく、精魂尽きて波間に没し去つた赤蛙の運命は、滑稽といふよりは悲劇的なものに思へた。彼を駆り立ててゐたあの執念の原動力は一体何であつたのだらう。それは依然わからない。わかる筈もない。しかし私には本能的な生の衝動以上のものがあるとしか思へなかつた。活動にはひる前にぢつとうづくまつてゐた姿、急流に無二無三に突つ込んで行つた姿、洲の端につかまつてほつとしてゐた姿、――すべてそこには表情があつた。心理さへあつた。それらは人間の場合のやうにこつちに伝はつて来た。明確な目的意志にもとづいて行動してゐるものからでなくてはあの感じは来ない。ましてや、あの波間に没し去つた最後の瞬間に至つては。そこには刀折れ、矢尽きた感じがあつた。力の限り戦つて来、最後に運命に従順なものの姿があつた。さういふものだけが持つ静けささへあつた。馬とか犬とか猫とかいふやうな人間生活のなかにゐるああいつた動物ではないのだ。蛙なのだ。蛙からさへこの感じが来る、といふこの事実が私を強く打つた。
 動物の生態を研究してゐる学者は案外簡単な説明を下すかも知れない。赤蛙の現実の生活的必要といふことから卑近な説明をするかも知れない。
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