たるところが多いのである。
「大西、今日はもう遲いから泊つて行けや、な、いいだらう。」
みんなが立ち去つたあとの白々とした部屋のなかに向ひ合つて坐り、杉村はいつた。このごろずーつと事務所に通つて來て杉村の仕事を助けてゐる、青年の大西を、今晩はなぜかこのまま歸したくない氣持がしきりだつた。
「うちさなんにも言つて來なかつたから、おれやつぱり歸るよ。」
「さうか、ぢやあもう少し話して行かないか。」
火鉢の金網の上に大西の持つて來てくれたかき餅をのせ、燒けるのを待ちながら、若く精氣のあふれた大西の顏を頼もしいものに思ひぢつと見つめてゐた。するとにはかに話したいものが胸に滿ちて來た。小泉に話さうとし、彼の持つきびしいものに押されていひ出せず今まで胸にわだかまつてゐたものである。
「下で聞いていたらう、……連中の言つてゐたことを。」といつて彼はちよつと照れたやうな顏をした。
「遲かれ早から來なければならないことがやつて來たまでのことさ。だからおれはちつともおどろいてなんかゐやしないよ。選擧は一つのきつかけになつたまでのことで、それがなくつたつて何かの動機で遠からず起ることだつたのさ。實際ど
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