自身の体ほどもある大きさのもので、よく見るとバツタの小さな奴らしかつた。ジガ蜂はかなり長くかかつてそれを穴へ突つ込んだ。三度目。今度のは何か青虫のやうなものだつた。あれらがみんな押し込められるとすれば、穴はかなり深く、恐らくは斜にうがたれ、奥は房のやうになつてゐるのだらう。ジガ蜂はまた飛び去つて行つたが、それは夏の日ももう間もなく暮れようとする頃だつた。そして彼はその日はそれきり帰つて来なかつた。
翌朝、私が朝飯をすました頃には、彼はもうやつて来てゐた。それまでにもう彼が昨日のやうなことを繰り返したかどうかはわからない。私が見た時には、穴のある柱のまはりを、何か警戒でもするらしくしきりに動きまはつてゐた。遠くから段々距離を狭めつつ慎重な態度で穴まで来ると、今までのやうに頭からでなく、逆に尻の方から穴のなかへ入つて行つた。しかし全身をすつぽりと入れ切ることなく、胴体だけを入れて止まり、上半身は外に出してゐるのである。
しばらくそのままの恰好で彼は静かにしてゐた。ぢつとしてゐるやうではあるが、よく見てゐると、彼はただ無意味にさうしてゐるのではなくて、あるいとなみ――しかも彼にとつて重大ないとなみの最中にあることがわかるのである。時々かすかに体を動かしてみる。またぢつとする。ある一つ事に全身を傾けながら、しかも絶えず八方に眼を配つて危害を加へようとする者に向つて警戒してゐるらしい。死んだ時以外には動かぬ時が想像できなかつたやうな彼だけにことさら真剣な面持に見えた。たしかにこれは生命をかけたいとなみである。……そして漸く私にもわかつて来た。ジガ蜂は卵を生みつけつつあるのである。
それはかなり長い時間だつた。漸くにして彼は出て来た。軽くなつたらしい尻を上げ下げする動作に重大な務めを終へたあとの安堵《あんど》を見せながら、また穴のまはりをくるくると廻つた。それから飛び去つて行つた。また帰つて来た時に今度も彼は何かをくはへ込んでゐる。彼はそれをくはへたまま穴に首を突つこんでしきりに何かやつてゐた。穴はジガ蜂の体の陰になつて寝てゐる私からはよく見えなかつた。やがてジガ蜂が身を退けた時、私は驚いた。穴の入口は壁土のごときもので綺麗に塗り固められてしまつてゐる。白い美しい壁土である。それで私はさきに彼がくはへて来たのは土塊であり、自分の唾液か何かで溶いて塗り固めたのだといふことを
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング