し》でも首でも尻でも身体全体で抱へ込むやうにし、攻撃を加へながら毬《まり》のやうになつて落下して来たのである。
またある時は軒下に張られた蜘蛛《くも》の巣に引つかかつたジガ蜂を見たことがあつた。蜘蛛の巣はまだ新しくほころびてもゐなかつた。ジガ蜂は引つかかつたなと思ふと、ぶるんと激しく足ぶるひして次の瞬間にはもう器用に抜け出して、そんなことがあつたともいはぬやうな顔で高い夏空さして飛んで行つた。あツといふ間のことで、よき獲物ござんなれと、上の方にゐて狙《ねら》つてゐた蜘蛛がするすると下りて来る間もなく、蜘蛛もあつけに取られた形だつた。その迅速果敢が、いかにもジガ蜂らしかつた。
それにしても私のこの部屋にはなんといふ沢山な彼等なのだらう。入れ代り立ち代り忙しげな彼等には此頃急にふえて来た蝿共の数も及ばない。「大へんな蜂だなあ。」見舞に来た友だちがふと気づいて眼を見張るほどである。何か特別に彼等に好かれる理由でもあるのだらうか?
私の部屋の障子窓の柱や鴨居《かもゐ》などには、小さなまるい穴が幾つも幾つもあいてゐる。それが何であるか、いつどうしてできたものか、私は今まで一向気にもとめなかつた。百姓家を改造した古い家だからそんな穴ぐらゐは当然だと、何が当然か考へても見ずに思つてゐた。それが毎日寝てゐるやうになつてはじめてその穴とジガ蜂とに特別な関係があるらしいことに気づいて来た。部屋に飛んで来て障子や柱にとまつたジガ蜂は、何かを求めるかのごとく、くるくると歩きまはりつつ、その穴を見つけると必ずそのなかへ入つてみる。一度ならず四度も五度も出たり入つたりする。穴のまはりを仔細ありげにぐるぐると廻る。また入る。また出る。そのうちに穴のなかから何かゴミのやうなものを運び出してくる。ゴミのなかには何かの虫の翅の切れはしのやうなものもまじつてゐるらしい。穴は体長八分ぐらゐの彼等の体がすつぽりとかくれてしまふくらゐの深さはあるらしい。さうやつてかなり長い時間かかつて穴の清掃を終へたと思ふと、ジガ蜂は戸外へ飛び去つて行つた。そしてまた帰つて来た時に、私は彼が肢の間に何かをかかへこんでゐるのを見た。それは何か羽のある小さな虫のやうだつた。彼はそれをかかへこんだまま穴のなかへ入つて行つた。獲物を押し込み終ると、すぐ飛び去つて行き、やがてまた新たないけにへをくはへて帰つて来た。今度のはジガ蜂
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