の普及発達は申すまでもなく無電、ラジオ、テレビジョンといったようなわけで、まことにすばらしい勢いで、時々刻々また、地方から地方へと普及し発達して参っております。現にこの木曾地方にいたしましたところで、かつてはここが中仙道中の最も難関な場所と言われておったこの土地が、今日では汽車や自動車が盛んに通るようになり、それがひいては、ここの有名な産業の一つとなっております牧畜業から、さらに農業方面へまでも、しかも普通のお方ではちょっとお気づきにならないような方面にまでも、影響して変化させて参っているのでございます。
 実は、先ほども、ちょっと時間がありましたので、かねがね調べて見たいと思っておりましたこの地方の稲の苗代田の調べをして参ったのでありますが、御承知でございましょうか、如何ですか、ここの苗代はその様式において一つの特徴をもっておりまして、すなわちその広い「ヌルメ田」を持っておりますことは、それは冬、水を灌漑いたしております地方の一般の景色で、とくに珍しいというほどのことでもございませんが、苗代田が、その広い「ヌルメ田」の中央に、さながら島状にできているものが、今なおその各部に散見しているそれについてであります。これは以前まだ、この地方に汽車や自動車の入って参りませんでしたその当時、その春先き、この地方の農家では、その飼馬を毎日野放しにしたのでありますが、その際、その苗代の苗が、その馬からの被害を免れるがための、それへのきわめて巧妙な対策の結果であったということでありますが、それが前にも申しましたように、汽車や自動車が通るようになってからは、その放馬もできなくなり、したがってそういった様式の苗代の必要もなくなったのであります。もっとも今なおその各所に散見いたしますのは、いよいよその田植時、その苗代田の跡へ直ぐに植付けることのできるように、前もって畦塗りをしておくことのできる便宜上からだとのことであります。その田植日の早晩に一日を問題としているこの地方としては、これもまたまことに当然の様式ではありますが、とにかく、その内容はすなわち意味は変っているわけであります。
 とにかく、これはほんのその一例でございますが、そういった交通の発達ということが、さらに意外な方面に、しかも偉大な影響と変化とを及ぼしていることを、私どもは注意しなくてはならないと存じます。
 もともと、こういった交通機関の発達というものは、その直接の原因は「科学の発達」によるものであることは申上げるまでもない明瞭なことでございます。したがって、現代は交通発達の時代でもありますが、また見ようによっては一面「科学発達の時代」と言う方がより適切かも存じません。すなわちそれは、それらの器機や機関のそのすべてが、科学の力によってできたわけだからでございます。したがって科学が発達すればするほど、そういった便利な器械や器具が発達することになり、ついには御承知の如く、誰言うとなく「科学万能」というような声さえ用いられて来るようになりました。
 しかし、科学が万能かどうかということは、科学そのものの本質を考えて見ますれば直ちに解決のつきますことで、なにもそう面倒なことではございません。御承知のように、科学というものは、私どもの持っている五つの感覚を透して、いや五つの感覚だけを透して、物の真相を明らかにしようと努めている、われわれ人類のもつ一つの指向であります。しかし、ちょっとお考えになってもお解りになりますように、必ずしも物の真相が、単にわれわれの持合せている五つの感覚だけで、完全にそれを明らかにし得るかどうかということは疑わしいものであります。おそらくは至難であり、いや不可能かとさえ思われてならないのであります。もちろん、究めるほどその真相へ近づくことはできるかも知れません。が、これについては、日常、自身直接その科学に従事されておられる学者は、十分その点を理解されております。かの科学に従事されている学者の方々が、しかも権威ある方々が、いや権威ある方々ほど、「調べれば調べるほどわからなくなる」といっておられます。また、大学卒業以来大学の教授として長い間研究を続けられ、その後停年制のために、惜しくもその席をお引きになったその時の御感想に、「どうも卒業した当時が一番ものが判っておったような気がする。ところが、卒業後、今度はいよいよ直接自分でその研究に携わって見れば、今までのいずれの研究に対しても、ただ、疑問が深まるだけで、何一つ判らなくなってしまった」と述懐になっておられます、そういったお方を幾人も私は承知いたしております。また、中には、「努力に努力を重ねて行ったならば、やがては、その真相の把握もできるであろうと信じて、毎日研究を続けているのである」といっておられる科学者もございます。しか
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