えるのであります。
そもそも、自然は時間的にも空間的にも、それが一大綜合体としての存在であります。一見、木は木、石は石というふうに、個々別々のように見えますのは、私ども人間が勝手に、あるいはわざわざそう見るからであります。その直径が、わがこの地球の一〇九倍もあるあの太陽、またその太陽の直径の二〇〇倍、時には五〇〇倍もの直径を持っているものさえあると言われている天界の星辰、しかも、そういったわが太陽級の天体が、九〇の右へ零を二〇も付けた数、位があまり大き過ぎて、ちょっと位の名前さえ思い出せないほどの多数のものが、それがまた今度は九の右脇へ零を一〇もつけた光年半径、すなわち光の速さで通っても九〇〇億年もかかるほどの広い半径の中に散在してできているのがこの大宇宙でございます。したがって「その偉力や思うべし」であります。それを、ちょっとアメリカかヨーロッパへ行って来るにさえ、三ヶ所も四ヶ所もで送別会を開いて貰わないことには容易に出発できないほどのわれわれ人間に比べては、まったく問題にならない。して見ますと、自然はまことに明らかな超人間的存在であります。大自然であります。確かに「神」であり「大生命」であります、そう考えるよりほかにわれわれの立場がないのでございます。いや実はそう考えてこそ初めてそこにわれわれの立場も立つのでございます。すなわち万物即神であるのであります。われわれ人間も、その人間固有の意欲を綺麗さっぱりと払い退け、素直にその大自然に融合し、完全にその大自然の一部と化しきった時は、もちろん、その神となることができるのであります。すなわち、それが「即身成仏」なのであります。しかし、人間の人間たる悲しさ、なかなかそれは容易のことではないのでございます。
しかしまた、考えようによっては、とうてい取去ることのできない意欲であり煩悩でありますものならば、そうして、その意欲をできるだけ全うしようと考えるならば、思い切ってその自分をその大自然の中へ打込んで、大自然の懐へ入って、あるいはその大自然を背景として、さらに宗教上の言葉で申しますならば、神人合一の境地に立つことのできますように、その意欲を整えることもまたその一法かと思われるのでございます。事実、こんにち文明の利器として現れて来ておりますその多くは、例えば前にも引合いに出しました飛行機にしても汽船にしても、海水や大気の性状はもちろん、電気やガスの性質に順応し得た、その賜物であると考えるのが妥当だと思います。
いやしくも川の工事をしようとするものは、まずそれをそこの川に訊き、山の工事をしようとするためにはそこの山に訊いて、その言葉に従ってするということが、いわゆる成功の捷径でありましょう。細かい地名が想い出せないで残念でございますが、高知県に春野神社という社があるそうでございます。これは、その昔、例の殖産、土木業の奨励者として有名な、かの野中兼山の当時、ある一つの河から田用水を引き上げるために、まずその河を堰き止める工事に着手しまして、その両岸から苦労して次第に堰止めて行く。ところが、いよいよあとわずかのところで堰止めきるという時になると、折角の工事がついその河の威勢で押し流されてしまう。何回となくそれを繰返しては見るが、どうしても目的が果たせない。ところがある日のこと、こうしたところへふと通りかかったのが「はるの」というお婆さんでありました。お婆さんは、そこの河岸に立止まって、暫くその工事を見ておりましたが、やがて、「これではとうていこの河を堰止めることはむずかしい」と独り言をしながら立去ろうとしました。傍でそれを聞き込んだ役人たちは、ただでさえ、むしゃくしゃしている矢先のことでございましたから、「なにを小癪な」と、一時はいかなることかと心配のほどでありましたが、たまたまその中の上役の一人が、「まあとにかく、どんな考えを持っているのか、一つ訊いて見ようではないか」というので、「いったいそれでは、どうすれば堰止めることができるというのか」と聞いて見ると、婆さんの言うには「なにも、私に聞かれても、私だところでそれは困る。知らない」。だが「少なくとも川に手をつけようとするからには、まずその川に訊いて始めなければ嘘だ」。「なに、河がものを言うか」。「いやものは言わない。しかし訊きようによっては、川の心持ちはいくらでもよく判る。それには、この川の両岸に立って一筋の繩の両端をお互いに持ち、その繩を静かにゆるめながらこの河へ流して見る、そうして、その繩の流されるその形に従って堰堤を築けば、堰止めることができる筈ではあるまいか」といって立去ってしまった。なるほどまんざらでもないようであるというので、そのお婆さんの言う通りにやって見ると、初めて見事にそれが成功した。そこで最初の憤怒にも増し、大き
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