のフェーン型のものとなりまして、かえって乾くのでございます。また事実、測候所の観測によりましても、南側には霧が多く北側にはきわめて少ないと申しております。
もちろん、農業とは違って、工業方面では、割合にその仕事場が狭くてすみますから、ある程度までは、そこに人工で、その工業の要求に近い気候すなわち人工風土を作り出すことはできましょう。しかしそれだけ、生産費の嵩むことになります。もっともその工業の要求通りの自然的気候を持つということは、そうたくさんにはありえないことでありますから、多少は常に、そこに人工的の気候を作って補わなければならないことになりますが、それにしても、気温の高過ぎるのを低くするよりも、低いのを高くする方が容易でありますし、また、湿度の高いのを低くするよりも高める方がかえって容易でもあり、かつ安価にもできます。ですから、その工業に対して、どちらかといえば多少低温すぎるとか、乾燥過ぎる方が、その反対の性質を持っている風土よりは気候的に恵まれていると考えてよいと思います。平沢の漆器はその点からは明らかに恵まれております。すでに慶長年間から、家内工業として起ったものだとのことで、今では部落のほとんど全体が漆器工業化されており、従業員四〇〇人で年額三三万円の生産を挙げており、さらに近いうちに五〇万円近くまでも発展させてやろうと意気込まれております現状は、まことに偶然ではないと私は考えております。実に両部落とも、そこの風土を生かしている、実に見事な地方産業であると私は礼讃申している次第でございます。
昨今、わがこの信州の各所に勃興いたして来ております早漬大根にしましても、あれは確かに、かの秋風の吹くようにならなければ、よい質の大根はできないといわれているその大根に対し、わがこの信州の持つ早冬的気候が手伝っているのでありまして、まことに信州のもつその風土性を織込んだ産業として美しい一つと考えますが、ただその製造に当って、米糠や大根以外にことさらに砂糖や絵具を加えて、人工的にしかも一時的に味や色を出そうとされるかに思われる現状に対しては、深く考えさせられるのでございます。私はそれよりも、この信州の冷涼な気候を利用しまして、できる限り品質のよい大根を作り、純粋の大根と米糠といったような原料だけできわめて長い時間をかけてじりじりと漬け込んで行き、いっそうのこと、それを
前へ
次へ
全27ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三沢 勝衛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング