想像しているところへ、ここに今考えても理由《わけ》の分からぬ事があった。というのは他《ほか》でもない、その夜の事である。本誌お馴染《なじみ》の断水坊、暴風雨を冒して遊びに来り、夜遅くまで、二人で将棋をパチクリパチクリやっておったが、時刻は夜半の零時か零時半頃であったろう、吾輩はなんでも香車か桂馬をばパチリッと盤面に打下《うちおろ》そうと手を伸ばした途端である。不意に何か吾輩の食指《ひとさしゆび》の中央《まんなか》にポタリと落ちた冷たいものがある。
「オヤ、雨が漏ったのか」と、熟視すると、雨ではない。豆粒程の大《おおき》さの生々しい血汐《ちしお》である。
「ヤッ、変だぞ、変だぞ」と、断水坊も将棋指す手を止め、この血は鼻から出たものであろうと、二人は顔面《かお》はいうに及ばず、全身残りなく検《しら》べてみたが、どこからも血の出た気勢《けはい》が微塵《みじん》程もない。また鼻から出たにしたところで、鼻先から一尺四、五寸も前へ突出《つきだ》した食指《ひとさしゆび》の上へ、豆粒程の大《おおき》さだけポタリと落ちる道理はないのだ。
「それでは天井から落ちたに相違ない」
「そうだそうだ、天井で鼠が喧
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