なんじら》ごとき懦弱漢はかえって手足《てあし》纏《まと》いだ。帰れ帰れ」と追い帰し、重い荷物は各自分担して、駄馬のごとく、背に負い、八溝山万歳を三呼して廃殿を立ち出《い》でた。
(一七)山中マゴツキ
この時は午前の四時少し過ぎ、東の空は漸《ようや》く白んで来たようだが、濃霧は四方を立て罩《こ》めて、どこの山の姿も分らない。もし濃霧|霽《は》れて、東天に太陽の昇るのを見たならば、その絶景はいかばかりだろうと思うが、今日到底その望みはないので、一行は濃霧中に道を捜しつつ山を降《くだ》って行く。
登る時には長い時間と多くの汗水とを費《ついや》させた八溝山も、その降《おり》る時は頗《すこぶ》る早い。しかし降《お》り道も決して楽ではなかった。濃霧は山を降《おり》るに随《したが》い次第次第に薄くなって、緑の山々も四方に見えるようになったが、道はしばしば草に埋没して見えなくなる。崖の崩れて進むに難《かた》い処《ところ》もある。赤土の道では油断をすると足を掬《すく》われて一、二回滑り落《おち》、巌石《がんせき》の道では躓《つまづ》いて生爪を剥がす者などもある。その上、虻《あぶ》の押寄せる事|甚《はなはだ》しく、手や首筋を刺されて閉口閉口。
絶頂から一里ほど降《おり》ると、果《はた》して急流矢のごとくに走っている。急流の岸には一軒の水車小屋も淋《さび》し気に立っている。一行は今夜、那須野《なすの》ヶ|原《はら》の黒羽《くろばね》町に一泊の予定で、その途中、有名な雲巌寺《うんがんじ》へ回ってみる積りなので、急流の岸の水車小屋に足を運び、
「ここから雲巌寺まで何里ある」と訊《き》けば、
「二里位だ」と答える。有難《ありがた》し有難し、二里位なら一足飛びだと、くわしく道を聴き、急流に沿うて、或《あるい》は水を渉《わた》り、或《あるい》は岩角を踰《こ》え、漸《ようや》く道らしい道に出たので、一行は勇気数倍し、髯将軍|真先《まっさき》に軍歌などを唱《うた》い出し、得意になってだんだん山を降《くだ》ること一里半ばかり、むこうから樵夫《きこり》らしき男が来たので、
「雲巌寺へはこの道を行けばいいのか」と訊《き》けば、
「滅相もない。この道を行けば棚倉《たなぐら》へ出てしまう。雲巌寺へはズット後戻りして、細い道を右へ曲がって行かねば駄目だ」と、悉《くわ》しく道を教えられて有難いやら
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