聞くや否や、文彦に縋り付いて、
「若旦那様※[#感嘆符三つ、48−上−7] 残念でござります。」
「どうした。叔父さんはどうした。」
 東助は欷《しゃく》り上げて、
「私がお預かりしていながら、何とも申訳はありませぬが、貴方様のお出発《た》ちなされた後、大旦那様の御介抱を致しておりますると、二日目の晩になって、入口の方で何やら足音が致しまするで、必然《てっきり》貴方様が御帰りなされた事と存じまして、早速御迎に出ますると、貴方様ではのうて、」
「えッ?」
「あの面憎い秋山男爵。」
「何? 秋山男爵?」
「はい。下僕《しもべ》と二人で這入って参ります。」
「うう。それからどうした。」
「ここだここだといいながら、闇《くらがり》で見えなかったのか、私の方にも目もくれず、二人でずんずん奥へ行きますからどうするかと、私も後から蹤いて参りますると、大旦那様のお姿を見るが早いか、『やや篠山博士ですか、秋山が月子さんの御言葉でお迎に上りました』と申しますから、私は矢庭にそこへ飛び込んで、旦那様はもう私の若旦那が二日も前にお会いになって、今道具を取片付けてこちらへお越しになるはずだと申しますると……」
「うん。それからどうした。」
「秋山の畜生め。思い懸けない私を見て吃驚したようでござりましたが、供の平三に何かいい付けると、乱暴にも平三が、あの御衰弱なされた旦那様を引担いで逃げようと致しますから……」
「何平三が?」
「はい。それ逃がしてなるものかと私も一生懸命に争いましたが悲しい事には二人に一人、いよいよ洞穴を出ようと致しますので、せめてこの上は鉄砲で打ち殺してなりとやろうと思って追かけて出かける処を、秋山男爵に乳の辺りに当身を喰《くら》わせられて、それから後は前後不覚、只今貴方様のお声で始めて正気になりましたような次第でござりまする。」
と涙ながらに物語った。
 聞き終った文彦は落胆《がっかり》したように、
「ああ折角ここまで苦心しながら、残念な事をしたなあ。」
と投げるがごとくいい棄てて、慨然として天を仰いで長大息したが、再び決然として立ち上り、
「東助、こうなっては腕づくでも叔父さんを取り返さなければならない。叔父さんを無事に連れ帰るのは誰でもいいが、このままにしておいては奸佞《かんねい》邪智の秋山男爵だ、この上如何なる悪計を持って我らを苦しめ、かつ鳩のような月子さんを翫《も
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