》する所《ところ》があつたに相違《さうゐ》ない。爾《そ》してかれは一|度《ど》企《くわだ》てた事《こと》は其《その》目的《もくてき》を達《たつ》するまでは止《や》まぬ人《ひと》であるから、大佐《たいさ》が再《ふたゝ》び此世《このよ》に現《あら》はれて來《く》る時《とき》には必《かなら》ず絶大《ぜつだい》の功績《こうせき》を齎《もた》らして來《く》る事《こと》は疑《うたがひ》もない、されば櫻木大佐《さくらぎたいさ》が再《ふたゝ》び日本《につぽん》へ皈《かへ》つたものとすれば、其《その》勳功《くんこう》は日月《じつげつ》よりも明《あきら》かに輝《かゞや》きて、如何《いか》に私《わたくし》が旅《たび》から旅《たび》へと經廻《へめぐ》つて居《を》るにしても其《その》風聞《ふうぶん》の耳《みゝ》に達《たつ》せぬ事《こと》はあるまい、然《しか》るに今日《こんにち》まで幾度《いくたび》か各國市府《かくこくしふ》の日本公使館《につぽんこうしくわん》や領事館《りやうじくわん》を訪《おと》づれたが、一|度《ど》もそれと覺《おぼ》しき消息《せうそく》を耳《みゝ》にせぬのは、大佐《たいさ》は其《その》行衞《ゆくゑ》を晦《くら》ましたまゝ未《ま》だ世《よ》に現《あら》はれて來《こ》ぬ何《なに》よりの證據《しようこ》。あゝ、大佐《たいさ》は其後《そのご》何處《いづこ》に如何《どう》して居《を》るだらうと考《かんが》へるとまた種々《さま/″\》の想像《さうざう》も沸《わ》いて來《く》る。
此時《このとき》第《だい》二|點鐘《てんしよう》カン、カンと鳴《な》る。([#ここから割り注]船中の號鐘は一點鐘より八點鐘まで四時間交代なり[#ここで割り注終わり])
『おや、とう/\一|時《じ》になつた。』と私《わたくし》は欠伸《あくび》した。何時《いつ》まで考《かんが》へて居《を》つたとて際限《さいげん》のない事《こと》、且《か》つは此樣《こんな》に夜《よ》を更《ふ》かすのは衞生上《ゑいせいじやう》にも極《きわ》めて愼《つゝし》む可《べ》き事《こと》と思《おも》つたので私《わたくし》は現《げん》に想像《さうぞう》の材料《ざいりよう》となつて居《を》る古新聞《ふるしんぶん》をば押丸《おしまろ》めて部室《へや》の片隅《かたすみ》へ押遣《おしや》り、強《し》いて寢臺《ねだい》に横《よこたは》つた。初《はじめ》の間《あひだ》は矢張《やはり》頭《あたま》が妙《めう》で、先刻《せんこく》と同《おな》じ樣《やう》にいろ/\の妄想《まうざう》が消《け》しても消《け》しても胸《むね》に浮《うか》んで來《き》て、魔《ま》の日《ひ》魔《ま》の刻《こく》――亞尼《アンニー》の顏《かほ》――微塵《みじん》に碎《くだ》けた白色檣燈《はくしよくしようとう》――怪《あやし》の船《ふね》――双眼鏡《さうがんきやう》などが更《かは》る/\夢《ゆめ》まぼろしと腦中《のうちゆう》にちらついて[#「ちらついて」に傍点]來《き》たが、何時《いつ》か晝間《ひる》の疲勞《つかれ》に二|時《じ》の號鐘《がうしよう》を聽《き》かぬ内《うち》に有耶無耶《うやむや》の夢《ゆめ》に落《お》ちた。
第五回 「ピアノ」と拳鬪《けんとう》
[#ここから5字下げ]
船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の大閉口――曲馬師の虎
[#ここで字下げ終わり]
翌朝《よくあさ》、銅鑼《どら》の鳴《な》る音《ね》に驚《おどろ》き目醒《めさ》めたのは八|時《じ》三十|分《ぷん》で、海上《かいじやう》の旭光《あさひ》は舷窓《げんさう》を透《たう》して鮮明《あざやか》に室内《しつない》を照《てら》して居《を》つた。船中《せんちゆう》八|時《じ》三十|分《ぷん》の銅鑼《どら》は通常《つうじやう》朝食《サツパー》の報知《しらせ》である。
『や、寢※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、56−7]《ねす》ぎたぞ。』と急《いそ》ぎ飛起《とびお》き、衣服《ゐふく》を更《あらた》め、櫛髮《くしけづり》を終《をは》つて、急足《いそぎあし》に食堂《しよくどう》へ出《で》て見《み》ると、壯麗《さうれい》なる食卓《しよくたく》の正面《しようめん》には船《ふね》の規則《きそく》として例《れい》のビール樽《だる》船長《せんちやう》は威儀《ゐぎ》を正《たゞ》して着席《ちやくせき》し、それより左右《さゆう》の兩側《りやうがわ》に、英《エイ》、佛《フツ》、獨《ドク》、露《ロ》、白《ハク》、伊等《イとう》各國《かくこく》の上等《じやうとう》船客《せんきやく》は何《いづ》れも美々《びゞ》しき服裝《ふくさう》して着席《ちやくせき》せる其中《そのなか》に交《まじ》つて、美《うる》はしき春枝夫人《はるえふじん》と可憐《かれん》の日出雄少
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