にほん》煙筒《えんとう》二本《にほん》檣《マスト》の不思議《ふしぎ》なる船《ふね》を見《み》て、神經《しんけい》の作用《さよう》かは知《し》らぬがふと思《おも》ひ浮《うか》んだ此《この》話《はなし》、若《も》しかの老水夫《らうすゐふ》の言《げん》が眞實《まこと》ならば、此樣《こん》な船《ふね》ではあるまいか、其《その》海賊船《かいぞくせん》といふのは、兎《と》に角《かく》氣味《きみ》の惡《わる》い事《こと》だと思《おも》つて居《を》る内《うち》に、怪《あやし》の船《ふね》はだん/\と速力《そくりよく》を増《ま》して、我《わが》弦月丸《げんげつまる》の左方《さはう》を掠《かす》めるやうに※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、41−4]去《すぎさ》る時《とき》、本船《ほんせん》より射出《しやしゆつ》する船燈《せんとう》の光《ひかり》でチラ[#「チラ」に傍点]と認《みと》めたのは其《その》船尾《せんび》に記《しる》されてあつた「海蛇丸《かいだまる》」の三|字《じ》、「海蛇丸《かいだまる》」とはたしかにかの船《ふね》の名稱《めいしやう》である。見《み》る/\内《うち》に波《なみ》を蹴立《けた》てゝ、蒼渺《そうびやう》の彼方《かなた》に消《き》え去《うせ》た。
『あゝ、妙《めう》だ/\、今日《けふ》は何故《なぜ》此樣《こんな》に不思議《ふしぎ》な事《こと》が續《つゞ》くのだらう。』と私《わたくし》は思《おも》はず叫《さけ》んだ。
『おや、貴方《あなた》如何《どう》かなすつて。』と春枝夫人《はるえふじん》は日出雄少年《ひでをせうねん》と共《とも》に驚《おどろ》いて振向《ふりむ》いた。
『夫人《ふじん》!』と私《わたくし》は口《くち》を切《き》つたが、待《ま》てよ、今《いま》の塲合《ばあひ》に此樣《こん》な話《はなし》――寧《むし》ろ私《わたくし》一個人《いつこじん》の想像《さうざう》に※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、42−1]《す》ぎない事《こと》を輕々《かろ/″\》しく語《かた》つて、此《この》美《うる》はしき人《ひと》の、優《やさ》しき心《こゝろ》を痛《いた》めるでもあるまい、と心付《こゝろづ》いたので
『いや、何《なん》でもありませんよ、あはゝゝゝ。』と態《わざ》と聲《こゑ》高《たか》く笑《わら》つた。丁度《ちやうど》此時《このとき》、甲板《かんぱん》には十一|時《じ》半《はん》を報《ほう》ずる七|點鐘《てんしよう》が響《ひゞ》いて、同時《どうじ》にボー、ボー、ボーツと恰《あだか》も獅子《しゝ》の吼《ほ》ゆるやうな※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]笛《きてき》の響《ひゞき》、それは出港《しゆつかう》の相圖《あひづ》で、吾等《われら》の運命《うんめい》を托《たく》する弦月丸《げんげつまる》は、遂《つひ》に徐々《じよ/″\》として進航《しんかう》をはじめた。

    第四回 反古《ほご》の新聞《しんぶん》
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葉卷烟草《シーガレツト》――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水夫――奇妙な新體詩――秘密の大發明――二點鐘カヽン々々
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 灣口《わんこう》を出《い》づるまで、私《わたくし》は春枝夫人《はるえふじん》と日出雄少年《ひでをせうねん》とを相手《あひて》に甲板上《かんぱんじやう》に佇《たゞず》んで、四方《よも》の景色《けしき》を眺《なが》めて居《を》つたが、其内《そのうち》にネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]港《かう》の燈光《ともしび》も微《かす》かになり、夜寒《よざむ》の風《かぜ》の身《み》に染《し》むやうに覺《おぼ》えたので、遂《つひ》に甲板《かんぱん》を降《くだ》つた。
夫人《ふじん》と少年《せうねん》とを其《その》船室《キヤビン》に送《おく》つて、明朝《めうてう》を契《ちぎ》つて自分《じぶん》の船室《へや》に歸《かへ》つた時《とき》、八點鐘《はつてんしよう》の號鐘《がうしよう》はいと澄渡《すみわた》つて甲板《かんぱん》に聽《きこ》えた。
『おや、もう十二|時《じ》!』と私《わたくし》は獨語《どくご》した。既《すで》に夜《よる》深《ふか》く、加《くわ》ふるに當夜《このよ》は浪《なみ》穩《おだやか》にして、船《ふね》に些《いさゝか》の動搖《ゆるぎ》もなければ、船客《せんきやく》の多數《おほかた》は既《すで》に安《やす》き夢《ゆめ》に入《い》つたのであらう、たゞ蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の響《ひゞき》のかまびすしきと、折々《をり/\》當番《たうばん》の船員《せんゐん》が靴音《くつおと》高《たか》く甲板《かんぱん》に往來《わうらい》するのが聽《きこ》ゆるのみである。
私《わたくし》は衣服《ゐふく》を
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