ケツト》を探《さぐ》つて、双眼鏡《さうがんきやう》を取出《とりいだ》し、度《ど》を合《あは》せて猶《な》ほよく其《その》甲板《かんぱん》の工合《ぐあひ》を見《み》やうとする、丁度《ちやうど》此時《このとき》先方《むかふ》の船《ふね》でも、一個《ひとり》の船員《せんゐん》らしい男《をとこ》が、船橋《せんけう》の上《うへ》から一心《いつしん》に双眼鏡《そうがんきやう》を我《わ》が船《ふね》に向《む》けて居《を》つたが、不思議《ふしぎ》だ、私《わたくし》の視線《しせん》と彼方《かなた》の視線《しせん》とが端《はし》なくも衝突《しようとつ》すると、忽《たちま》ち彼男《かなた》は双眼鏡《そうがんきやう》をかなぐり捨《す》てゝ、乾顏《そしらぬかほ》に横《よこ》を向《む》いた。其《その》擧動《ふるまひ》のあまりに奇怪《きくわい》なので私《わたくし》は思《おも》はず小首《こくび》を傾《かたむ》けたが、此時《このとき》何故《なにゆゑ》とも知《し》れず偶然《ぐうぜん》にも胸《むね》に浮《うか》んで來《き》た一《ひと》つの物語《ものがたり》がある。それは忘《わす》れもせぬ去年《きよねん》の秋《あき》の事《こと》で、私《わたくし》が米國《ベイこく》から歐羅巴《エウロツパ》へ渡《わた》る航海中《かうかいちう》で、ふと一人《ひとり》の英國《イギリス》の老水夫《らうすゐふ》と懇意《こんい》になつた。其《その》[#ルビの「その」は底本では「たの」]老水夫《らうすゐふ》がいろ/\の興味《けうみ》ある話《はなし》の中《なか》で、最《もつと》も深《ふか》く私《わたくし》の心《こゝろ》に刻《きざ》まれて居《を》るのは、世《よ》に一番《いちばん》に恐《おそ》ろしい航路《かうろ》は印度洋《インドやう》だとうふ物語《ものがたり》、亞弗利加洲《アフリカしう》の東方《ひがしのかた》、マダカッスル[#「マダカッスル」に二重傍線]島《たう》からも餘程《よほど》離《はな》れて、世《よ》の人《ひと》は夢《ゆめ》にも知《し》らない海賊島《かいぞくたう》といふのがある相《さう》だ、無論《むろん》世界地圖《せかいちづ》には見《み》る事《こと》の出來《でき》ぬ孤島《こたう》であるが、其處《そこ》には獰猛《どうまう》鬼神《きじん》を欺《あざむ》く數百《すうひやく》の海賊《かいぞく》が一團體《いちだんたい》をなして、迅速《じんそく》堅固《けんご》なる七|艘《さう》の海賊船《かいぞくせん》を浮《うか》べて、絶《た》えず其邊《そのへん》の航路《かうろ》を徘徊《はいくわい》し、時《とき》には遠《とほ》く大西洋《たいせいやう》の[#「大西洋《たいせいやう》の」は底本では「太西洋《たいせいやう》の」]沿岸《えんがん》までも船《ふね》を乘出《のりだ》して、非常《ひじやう》に貴重《きちやう》な貨物《くわぶつ》を搭載《とうさい》した船《ふね》と見《み》ると、忽《たちま》ち之《これ》を撃沈《げきちん》して、惡《にく》む可《べ》き慾《よく》を逞《たく》ましうして居《を》るとの話《はなし》。而《そ》して歐米《をうべい》の海員《かいゐん》仲間《なかま》では、此事《このこと》を知《し》らぬでもないが、如何《いか》にせん、此《この》海賊《かいぞく》團體《だんたい》の狡猾《かうくわつ》なる事《こと》は言語《げんご》に絶《た》えて、其《その》來《きた》るや風《かぜ》の如《ごと》く、其《その》去《さ》るも亦《ま》た風《かぜ》の如《ごと》く。海賊《かいぞく》共《ども》は如何《いか》にして探知《たんち》するものかは知《し》らぬが其《その》覬《ねら》ひ定《さだ》める船《ふね》は、常《つね》に第《だい》一|等《とう》の貴重《きちやう》貨物《くわぶつ》を搭載《とうさい》して居《を》る船《ふね》に限《かぎ》る代《かわ》りに、滅多《めつた》に其《その》形《かたち》を現《あら》はさぬ爲《ため》と、今《いま》一つには此《この》海賊《かいぞく》輩《はい》は何時《いつ》の頃《ころ》よりか、利《り》をもつて歐洲《をうしう》の某《ぼう》強國《きやうこく》と結托《けつたく》して、年々《ねん/\》五千|萬弗《まんどる》に近《ちか》い賄賂《わいろ》を納《をさ》めて居《を》る爲《ため》に、却《かへ》つて隱然《いんぜん》たる保護《ほご》を受《う》け、折《をり》ふし其《その》船《ふね》が貿易港《ぼうえきかう》に停泊《ていはく》する塲合《ばあひ》には立派《りつぱ》な國籍《こくせき》を有《いう》する船《ふね》として、其《その》甲板《かんぱん》には該《その》強國《きやうこく》の商船旗《しようせんき》を飜《ひるがへ》して、傍若無人《ぼうじやくむじん》に振舞《ふるま》つて居《を》る由《よし》、實《じつ》に怪《け》しからぬ話《はなし》である。
私《わたくし》は今《いま》、二本《
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