より洞中《どうちゆう》の造船所《ぞうせんじよ》内《ない》を殘《のこ》る隈《くま》なく見物《けんぶつ》したが、ふと見《み》ると、洞窟《どうくつ》の一隅《いちぐう》に、岩《いわ》が自然《しぜん》に刳《えぐ》られて、大《だい》なる穴倉《あなぐら》となしたる處《ところ》、其處《そこ》に、嚴重《げんぢう》なる鐵《てつ》の扉《とびら》が設《まう》けられて、扉《とびら》の表面《ひやうめん》には黄色《きいろ》のペンキで「海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の生命《せいめい》」なる數字《すうじ》が記《しる》されてあつた。
『之《これ》は何《なん》ですか。』と私《わたくし》が問《と》ふと大佐《たいさ》は言葉《ことば》靜《しづ》かに
『此《この》倉庫《さうこ》には前《ぜん》申《まう》した、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の動力《どうりよく》の原因《げんいん》となるべき重要《ぢうえう》の化學藥液《くわがくやくえき》が、十二の樽《たる》に滿《みた》されて藏《をさ》められてあるのです。實《じつ》に此《この》藥液《やくえき》の樽《たる》こそ、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の生命《せいめい》ともいふべき物《もの》です。』と答《こた》へた。此《この》他《ほか》猶《な》ほ、見《み》もし聞《きゝ》もしたき事《こと》は澤山《たくさん》あつたが、時刻《じこく》は既《すで》に八|時《じ》に近《ちか》く、艇《てい》の邊《へん》には既《すで》に夥多《あまた》の水兵《すいへい》が集《あつま》つて來《き》て、最早《もはや》工作《こうさく》の始《はじ》まる模樣《もやう》、且《か》つは、海岸《かいがん》の家《いへ》には、日出雄少年《ひでをせうねん》は只《たゞ》一人《ひとり》で定《さだ》めて淋《さび》しく、待兼《まちかね》て居《を》る事《こと》だらうと、思《おも》つたので、私《わたくし》は大佐《たいさ》に別《わかれ》を告《つ》げて、此處《こゝ》を立去《たちさ》る事《こと》に决《けつ》した。たゞ此《この》秘密造船所《ひみつぞうせんじよ》を出《い》づる前《まへ》に、一言《ひとこと》聽《き》きたきは、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の竣成《しゆんせい》の期日《きじつ》と、此《この》艇《てい》の如何《いか》に命名《めいめい》されるかとの點《てん》である。大佐《たいさ》は私《わたくし》の問《とひ》に對《たい》して、悠々《ゆう/\》と鼻髯《びせん》を捻《ひね》りつゝ
『若《も》し不時《ふじ》の天變《てんぺん》が無ければ、今《いま》より二年《にねん》九《く》ヶ|月目《げつめ》、即《すなは》ち之《これ》から三度目《さんどめ》の記元節《きげんせつ》を迎《むか》ふる頃《ころ》には、試運轉式《しうんてんしき》を擧行《きよかう》し、引續《ひきつゞ》いて本島《ほんとう》を出發《しゆつぱつ》して、懷《なつ》かしき芙蓉《ふえう》の峯《みね》を望《のぞ》む事《こと》が出來《でき》ませう。』と答《こた》へ、艇《てい》の名《な》に就《つ》いては斯《か》う言《い》つた。
『實《じつ》[#ルビの「じつ」は底本では「じ」]は、電光艇《でんくわうてい》と命名《めいめい》する積《つもり》です。』
電光艇《でんくわうてい》! 電光艇《でんくわうてい》[#ルビの「でんくわうてい」は底本では「でんこくうてい」]! 如何《いか》に其實《そのじつ》に相應《ふさは》しき名《な》よと、私《わたくし》は感嘆《かんたん》すると、大佐《たいさ》は言《ことば》をつゞけ
『此《この》艇名《ていめい》は、我《わ》が敬慕《けいぼ》する山岡鐵舟先生《やまをかてつしうせんせい》の詩《し》より採《と》つたのです。』
『鐵舟先生《てつしうせんせい》の詩《し》?。』と私《わたくし》は小首《こくび》を傾《かたむ》けたが、忽《たちま》ち心付《こゝろづ》いた。
『電光影裏斬春風《でんくわうえいりしゆんぷうをきる》、此《この》詩《し》ですか。』
『それです』と大佐《たいさ》は莞爾《につこ》と打笑《うちえ》みつゝ
『他日《たじつ》我《わ》が海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》が、帝國軍艦旗《ていこくぐんかんき》を飜《ひるがへ》して、千艇※[#「一/力」、197−12]艦《せんていばんかん》の間《あひだ》に立《た》つの時《とき》、願《ねがは》[#ルビの「ねがは」は底本では「ねがほ」]くば其《その》名《な》の如《ごと》く、神速《しんそく》に、且《か》つ猛烈《まうれつ》ならん事《こと》を望《のぞ》むのです。』
此《この》談話《だんわ》が叔《をは》ると、私《わたくし》は大佐《たいさ》に別《わかれ》を告《つ》げ、武村兵曹《たけむらへいそう》に送《おく》られて、前《まへ》の不思議《ふしぎ》なる道《みち》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、198−4]《す》ぎて、秘密造船所
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