だ、彼等《かれら》は其《その》敬愛《けいあい》する櫻木大佐《さくらぎたいさ》の知己《ちき》たる吾等《われら》が、無事《ぶじ》に此《この》島《しま》に上陸《じやうりく》したる事《こと》を祝《しゆく》して呉《く》れるのであらう。大佐《たいさ》は此樣《このさま》を見《み》て微笑《びせう》を泛《うか》べた。
『實《じつ》に感謝《かんしや》に堪《た》えません。』と私《わたくし》は不測《そゞろ》に※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]涙《うれしなみだ》の流《なが》るゝを禁《きん》じ得《え》なかつた。無邪氣《むじやき》なる日出雄少年《ひでをせうねん》は眼《め》をまんまる[#「まんまる」に傍点]にして、武村兵曹《たけむらへいそう》の肩上《かた》で躍《をど》ると。快活《くわいくわつ》なる水兵《すいへい》の一群《いちぐん》は其《その》周圍《まわり》を取卷《とりま》いて、『やあ、可愛《かあひ》らしい少年《せうねん》だ、乃公《おれ》にも借《か》せ/\。』と立騷《たちさわ》[#ルビの「たちさわ」は底本では「ちちさわ」]ぐ、櫻木大佐《さくらぎたいさ》は右手《めて》を擧《あ》げて
『これ、水兵《すいへい》、少年《せうねん》は痛《ひど》く疲勞《つかれ》て居《を》る、あまり騷《さわ》いではいかぬ』と打笑《うちえ》みつゝ
『それより急《いそ》ぎ新客《しんきやく》の部室《へや》の仕度《したく》をせよ、部室《へや》は二階《にかい》の第二號室《だいにがうしつ》――余《よ》の讀書室《どくしよしつ》を片付《かたづ》けて――。』と。
斯《か》く命《めい》じ終《をは》つた大佐《たいさ》は、武村兵曹《たけむらへいそう》の肩《かた》から日出雄少年《ひでをせうねん》を抱《いだ》き寄《よ》せ、私《わたくし》に向《むか》つて
『一先《ひとま》づ私《わたくし》の部室《へや》へ。』と前《さき》に立《た》つた。
導《みちび》かるゝまゝに入込《いりこ》んだのは、階上《にかい》の南端《なんたん》の一室《ひとま》で、十|疊《じやう》位《ぐら》いの部室《へや》、中央《ちうわう》の床《ゆか》には圓形《えんけい》のテーブルが据《す》へられ、卓上《たくじやう》には、地球儀《ちきゆうぎ》や磁石《じしやく》の類《るゐ》が配置《はいち》され、四邊《あたり》の壁間《かべ》には隙間《すきま》も無《な》く列國《れつこく》地圖《ちづ》の懸《か》けられてあるなど、流石《さすが》に海軍士官《かいぐんしくわん》の居室《ゐま》と見受《みう》けられた。
大佐《たいさ》の好遇《かうぐう》にて、此處《こゝ》で、吾等《われら》は水兵等《すいへいら》が運《はこ》んで來《き》た珈琲《カフヒー》に咽《のど》を霑《うる》ほうし、漂流《へうりう》以來《いらい》大《おほい》に渇望《かつぼう》して居《を》つた葉卷煙葉《はまきたばこ》も充分《じゆうぶん》に喫《す》ひ、また料理方《れうりかた》の水兵《すいへい》の手製《てせい》の由《よし》で、極《きは》めて形《かたち》は不細工《ぶさいく》ではあるが、非常《ひじやう》に甘味《うま》い菓子《くわし》に舌皷《したつゞみ》打《う》ちつゝ、稍《や》や十五|分《ふん》も※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、152−10]《すぎ》たと思《おも》ふ頃《ころ》、時計《とけい》は午後《ごご》の六時《ろくじ》を報《ほう》じて、日永《ひなが》の五|月《ぐわつ》の空《そら》も、夕陽《ゆふひ》西山《せいざん》に舂《うすつ》くやうになつた。
此時《このとき》大佐《たいさ》は徐《しづ》かに立上《たちあが》り、私《わたくし》に向《むか》ひ
『吾等《われら》は之《これ》より一定《いつてい》の職務《しよくむ》があるので、暫時《しばらく》失敬《しつけい》、君等《きみら》は後《のち》に靜《しづか》に休息《きうそく》し玉《たま》へ、私《わたくし》は八|時《じ》※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、153−3]《すぎ》再《ふたゝ》び皈《かへ》つて來《き》て、晩餐《ばんさん》をば共《とも》に致《いた》しませう。』と言《い》ひ殘《のこ》して何處《いづく》ともなく立去《たちさ》つた。
後《あと》へ例《れい》の快活《くわいくわつ》なる武村兵曹《たけむらへいそう》がやつて來《き》て、武骨《ぶこつ》なる姿《すがた》に似《に》ず親切《しんせつ》に、吾等《われら》の海水《かいすい》に染《し》み、天日《てんぴ》に焦《こが》されて、ぼろ/\になつた衣服《ゐふく》の取更《とりか》へやら、洗湯《せんたう》の世話《せわ》やら、日出雄少年《ひでをせうねん》の爲《ため》には、特《こと》に小形《こがた》の「フランネル」の水兵服《すいへいふく》を、裁縫係《さいほうがゝり》の水兵《すいへい》に命《めい》ずるやら、いろ/\取計《とりはか》らつて呉《く》れる
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